2011年12月18日日曜日

何回噛むのが健康的か?

100回噛めば、万病に効く!

と誇大広告的にやったほうが、受けも良くて回答もすっきりするのですが、
整体的な回答は、

人によるし、体調にもよる。

という大人しいものになります。


沢山噛めば、なるほど胃腸の助けにはなりますが、
胃腸の仕事を奪うことにもなります。
健康な状態であれば、ことさらに噛んで元気な胃腸を怠けさせる必要はありません。

そもそもヒトの歯は牛や馬のように植物を丹念にすり潰すようには出来ておりませんし、
象のようにすり減った歯が新しい歯に交代してくれるわけでもありません。

ネコや犬を見れば分かるように、肉食の動物はほとんど噛みません。
肉に関して言えば、消化にはそれほど労力はかからないことが分かると思います。

雑食性の我々人間は、よく噛むことも噛まないことも、どちらもありなのです。


誰しも腹が減っている時、ゆっくり噛んでいる余裕はありません。
胃袋が活発に蠕動し、胃酸がどんどん出ている時には、どんどん食べたほうが理にかなっているとは思いませんか?
体の要求を感じる時は、従うのが無難です。


歯ごたえが心地よい時もあります。
お米の甘さが美味しい時があります。
そんな時はよく噛んだらいいと思います。


胃腸の働きを助けて、食べたものの全てを吸収する必要はありません。
体に必要なものを、必要な量吸収するのが正常な体です。
たとえ栄養素であっても、不要であれば排泄するのが正常です。
現代社会では、吸収よりもむしろ上手く捨てる能力のほうが重要と言えるのです。


話が飛びましたが、噛むことについてもう少し自由に考えては如何でしょうか?

2011年11月19日土曜日

川畠成道 耳を澄ませば世界は広がる




まだ福岡で講師をしていた頃の話。

彼地で整体体操教室を開いた帰り道、
生徒の車でホテルへ送っていただきました。

よもやま話に花を咲かせていたはずが、
後ろで流れる音楽に魅了され、話がだんだん上の空になっていました。

「チェロですか?」と私
「バイオリンです」と生徒
それが川畠成道さんでした。
数カ月後、講師退任の日にその生徒さんからCDを頂きました。
覚えていてくれたことが嬉しかったですね。


トロイメライ
帰ってから操法室で掛けてみました。

「!!」
目が開いた思いでした。

「呼吸なんだ」
そう思ったのです。

整体を創り上げた野口晴哉氏が、
チェロのカザルスを心の師とした理由がこの時よく分かりました。


久しく聞いていなかったのですが、
先月福岡セミナーの休憩時間に掛かっていたのと、
ちょっと前に本屋で新書を見かけて心に引っかかっていたので、
読んでみました。

これがとても面白い本でした。
技術を深めるプロセスやその考え方。
そんな話がそこかしこに登場します。
再び川畠氏に刺激をもらいました。

冒頭の「心の声」、少し引用させていただいて終わりたいと思います。
 今の社会では、「自分を表現する」ということが随分と容易になったように思います。(略)けれども、容易になった分、それらが本当に表現したいものとして発せられたものなのかということになると、実際のところ、どこまで意識されているでしょうか。
 私は、何かを表現する時に「聞く」という行為は欠かせないものだと思っています。(略)ひとつには自分自身を聞くこと、また他人の意見を聞くということや外から入ってくる情報を聞くということではないかと考えています。
 (略)常に自分自身に耳を傾けて、本当に表現したいものはなんなのかということを問いかけていく。つまり、自分の心の中の声を聞くのです。(略)
 自分の声、といっても色々あります。様々な選択肢がある中で自分はどうしたいのか、迷うこともあります。耳を傾けたからといって、すぐに答えが返ってくるとは限りません。(略)
 それでも自分の心の中に常に耳を傾けていく、その繰り返しでしか、結局答えは見つからないのだと思っています。表現すべきものは、他の何者でもない、自分自身にあるのですから。

2011年10月28日金曜日

良い枕とは?

「どんな枕がいいんでしょうか?」
「先日、オーダーメイドの枕を購入しまして、、、」

特におすすめする枕もないので、そのまま少し話を聞いたりします。

・よく眠れてない気がする
・寝入るまで時間がかかる
・昼間眠くなる
・朝、起きられない

などなど、真意は

「眠りが上手くいってない」
「もっとぐっすり眠りたい」

そういうことなのでしょう。

何か道具を揃えればもっとぐっすり眠れるのでは?
そういう期待をいだくようです。

整体の立場としては、自分の体を変えていくことを優先して考えています。

具体的には、

・体が緩みにくくなっている
・頭の緊張が抜けない
・肺に負担がかかっている

といった原因を考えます。
そして体を観て操法し、相応の体操などを教えています。

”良い枕”については、追い求めればキリがありません。
寝心地の良い枕もありますが、人にもよりますし、体調にもよるからです。

頭が疲れてくれば高い枕が心地よく、呼吸器が疲れればうつ伏せ寝に安心し、御行儀よくと思い仰向けに寝ようにも、食べ過ぎれば仰向けに寝るなんて苦しくて出来ません。

すべての状況に合わすには、枕元に枕をたくさん用意しなくてはなりません。

例え疲労していても
元気な時は寝ながらゴロゴロ動きまわり、体の硬直を解決させてます。
寝ながら体操なり、ストレッチをしているようなものです。
そういう体に変わるほうが理想です。

例えば高い枕が心地よい時でも、
寝ているうちに頭の疲労が解決すれば、
高い枕は無用の長物となり、
跳ね飛ばすなり自分がどくなりしてしまいます。


よく眠れる寝具は有用であっても、万能ではありません。
ほどほどで良いのではないでしょうか?

2011年10月13日木曜日

ヒトはなぜ病気になるのか

整体を学ぶうちに、病気に対する価値観が大きく変わっていきます。
病名や症状よりも、体の状態を見るからです。
風邪などはその最たるもので、ひとつの破壊と、建設へのプロセスを見定めていくことに集注します。

そこで重要になるのはその人のもっている体力となるため、普段から体力を養う方向へ整体操法を行なっていきます。




「ヒトはなぜ病気になるのか」
そんな素朴な問いをテーマに書かれている本があります。

生物学出身の著者は、正常と異常という二項対立のレッテルづけに違和感を感じたといいます。
本書を読んでもその問いへの直接的な答えは見つかりません。
語られているのは生物学や人類学のことがほとんどだからです。

しかし生物学や人類学的見地から病気を見つめた時、
病気が少し違ったものに見えてきたならば、
生きていることに新たな実感が持てるかもしれません。

2011年9月8日木曜日

【ひと言子育て】カニに指を…

先日、一族で出かけました。

姪たちとエレベーターに乗った時のことです。




姪(小1)「カニに指をはさまれないように…」

娘(年中)「どこにカニがいるんだろうね?」

おとなたち「!」


本物のカニの話をしているわけじゃないと分かりながらも、カニに注目してしまう姪、
カニが何かを象徴しているとは理解していない娘、
ドアに注意、というメッセージしか見ていない大人、

三者三様でした。

子供の世界を覗いたようで、面白かったですね。

2011年8月19日金曜日

動物園のヒト

年に何度か動物園に行きます。
よくある感想ですが、
「動物園にいる動物が可哀想」
と思うことがあります。
野生で生きている方が幸せに思うんですね。


しかしよく考えてみると、人間などその最たるものですね。
自分たちで作った檻の中で生活しているような不自由さを、ふと感じます。

野山に放り出されて生き続ける人など、ほとんどおりませんし、
サバイバルに長けていても、文明の道具無しでやっていける人となると極めてまれでしょう。
それでも私はこの社会の中で生きていこうと、よく思います。


整体は野山に放り出されて生きる術ではありませんが、文明の中で体の野生、、生きようとする力を発揮させる技術と言えます。
例えば、過分な治療が生きる力を弱くするなら、治療には度合いが必要と考えます。

しかし人の持てる力が存外大きいと思っても、その力に頼れる人は少ないのかもしれません。

そうやって安全な生活を確保してきたヒトですが、
文明の中でも生きる不自由さを感じるのですから、不思議なことです。

生きようという働きを活かさなければ、
生きている実感は失われるように思うのですが、いかがでしょうか?


・文明社会で生きていることを省みたくなった時に、、、
文庫版の新版

こっちは旧版、サイズが大きめなのでこちらのほうが楽しめます。

・体の力を発揮したいと思う人に、、、

2011年7月25日月曜日

意味のない遊び:ほっぺグルグル

娘ともそうですが、姪たちとも意味のない遊びを私は仕掛けます。


姪たちのホッペをゼンマイを巻くようにグルグルとやります。
痛くもかゆくもないですが、
「うぎゃ~」と逃げ出します。


ほお骨のあたりに、しっかり肉がついているのは体力の象徴、ということもあり、そこに感受性を向けている、という意味も多少あります。

「ほっぺグルグルだぞ~」
「うぎゃ~~~~」

まんまと逃げてくれます。なにしろ逃げてくれないとこの遊びは成立しません。

追いかけるのをやめて座っていると、
両手でほっぺを隠した姪たちがやってきます。
おかしな光景です。
なんだかニヤニヤドキドキしているので、

「ほっぺ出せ~~」
「うぎゃ~~~」



ふだん娘と意味のない遊びばかりしているので、娘はルールのある遊びをあまり知りません。
そのせいか幼稚園で担任の先生に
「理解が他の子より遅いことがある」

と言われてしまいました。
それは私のせいでしょう。

悪いな、と思いながらも改めることなく、やっております。

2011年7月5日火曜日

排泄の力

昔から
「出物腫れ物所嫌わず」

と言われております。
排泄が如何に嫌われてきたかをよく物語っております。

しかし、排泄は生命の能力なのです。
食べた物、吸った空気、何もかも貯め込んでいたら健康は愚か、命の危険にさらされます。

不都合であるからと言って、何でも止めていいものではありません。

そこで“排泄は力”とあらためて考えてみませんか?



整体では排泄を止めることはほとんどありません。
むしろ歓迎して、しっかり出すことを目指します。
時には数ヶ月続くこともありますし、一年のうちである時季に排泄が始まることもあります。
そして重症であれば、年単位で続くこともあります。


整体で言う排泄は範囲がとても広いものです。
下痢や大小便は言うに及ばす、鼻汁、皮膚病、帯状疱疹、目やに、垢、汗、、、、

体は様々な形で排泄をいたします。

何を排泄するかといえば、
病原菌はもちろん、古傷、何らかの毒素、過去に処方した強い薬の排泄、、、
昨今で言えば、放射性物質も排泄していると思います。


最近、私の右の鼻から汚い鼻汁が沢山出始めました。しばらくすると右目のまわりに鈍痛が起こり、頭痛も始まりました。
その痛みに、中学生時代の打撲を思い出しました。
おそらく古傷が出ているのでしょう。

その少し前には前腕に湿疹が出てきました。そして首にも出てきました。出方が今までにない出方だったので、放射線の影響を疑いました。
このあたりはホットスポットと呼ばれているエリアのせいか、下痢やインフルエンザも流行っております。
娘も今までに見たことのない湿疹を出し、度々下痢をし、喉の痛みを訴えるようになってきました。

うちに来る方々の体の状況からしても、影響が出始めたように見ております。
整体操法はもちろん、体操や蒸しタオルをアドバイスして対処しております。
大きな熱を久しぶりに出して、すっかり体が清算された方もおりました。

あまり深刻になるよりは、おおらかに生きるほうがいいと思いますが、
“排泄の力”に頼ることを考えるいい機会かと思います。


世の中では「捨てる技術」とか「断捨離」が流行っているようですから、

体に関しても、「捨てる技術!」、目覚めてみてはいかがでしょうか?

2011年6月30日木曜日

熱中症、放熱、肺

早くも熱中症対策が必要となってきました。
整体的な対策はいろいろありますが、
一番手っ取り早いのは、冷たい空気を吸うことです。
外から冷やすよりも中から冷やしたほうが早く回復します。
(電も大切ですが、体調を推し量りながらにしましょう)

 

「部屋を涼しくする」「涼しいところに避難する」というのはご存知かと思いますが、

“冷たい空気を吸う”という発想は珍しいのではないでしょうか?

デパートなどに入った時、冷たい空気が心地良く、思わず深呼吸してしまうことがあります。冷たさが体に染み渡るようで爽快です。みなさんも体感的にはよくご存知かと思います。

それでは放熱に関する生理学を少しご紹介いたします。
(以下、対策などは書いてありませんが、興味のある方はお読み下さいませ)



カップに入れたお湯とヤカンのお湯、早く冷めるのは?
カップのお湯ですね。
単純な物理法則ですが、そのへんを少し理論的に解説します。


★まず、熱を発散していくのは表面からですので、放熱のスピードは表面積の大きさがポイントとなります。


一辺が1センチメートルの立方体、
表面積は6平方センチメートル、
体積は1立方センチメートルです。


一辺を倍にして、2センチメートルの立方体、
表面積は24平方センチメートル、
体積は8立方センチメートルとなります。


★体積が8倍になったのに、表面積は4倍にしかなりません。大きいほど冷めにくい理由がお分かりいただけたかと思います。


そしてそれは生き物にも当てはまるのです。



それでは放熱を速めるために、表面積を大きくしてみましょう。

まずは手足を体幹から離した方が表面積は増えます。
(寒いときは反対のことをしていますね)
あとは、そうですねぇ、うーん、表面積を増やすと言っても限度がありますね。

どこかにもっと広いところ、いや表面積はないでしょうか?

「あります。肺です」

肺の表面積は60平方メートル、テニスコート一面分と言われています。
ここを冷却するのは非常に効率がいいように思えてきますね。

あたかも車のラジエーターのように、
表面積の広い肺は、そんな仕事もしているように思えます。

通常、呼吸は鼻を通して行われます。
肺に行く空気の「湿気・温度」を管理しています。

しかしのぼせてきた時、冷たい空気のもとに入ると、思わず口を開け深い呼吸をしてしまうのはなぜでしょう?
それは空気を冷たいまま肺に届けたいという、体の状態があるように思えるのです

2011年6月24日金曜日

【覚え書き】辰吉家の子育てに学ぶ

親が子に出来ることに全力で臨む。

道理だが、容易くはない。

自分に足りないもの、出来ないこと、知らないこと、、、
ないものを与えたくなってくる。

辰吉粂二さん(辰吉丈一郎の父親)の迫力に圧倒されます。


辰吉粂二さんのエピソードはところどころにしか登場しませんが、、、

2011年6月23日木曜日

熱中症、胸椎5番

大分、暑い日でした。

暑くなってくると、外を歩くと、口をあけている人に出くわします。
力が抜けてくるのでしょうか?

胸がストっと落ちたような人は普段から口があいてることが多いのですが、そうでなくても暑いと口があいてくることがあります。

「暑いからです」

呼気から熱を捨てようとするのです。
犬と比べると、不愉快な人もいるかもしれませんが、犬がハアハアしながら体温調節しているのと同じです。

息が上がっているわけでもないのに、しきりにハアハアと息を吐きたくなるような時、熱を捨てようとしているのを実感出来ます。

外はもちろん、家の中でもこのような状態になった時は熱中症の前触れのことがあります。何らかの対処をする必要があります。

“節電の夏”に向け、少しずつ体調を量る感覚を鍛えておきましょう。
整体をご存じの方は、体温調節の急所「胸椎5番」の可動性を整えていきましょう。

2011年6月6日月曜日

三角筋のカタチ

三角筋のカタチは腕力や体力の表れでもあります。



停止部(体幹から遠い方の頂点)がしっかりとしていて、中央にあるのが正常な状態です。

腕が細くてもこういうところがしっかりとしていると、腕の力が効率よく使われていると予想します。



臨床上も役に立ちますが、これから腕を露出する季節ですので、興味のある方は観察されると面白いでしょう。



胸郭や肩甲骨の感じ、それと三角筋が関連しているのが、何となく分かるかと思います。

何となく分かると、関連していないように感じることもあります。

どうしてそういう違和感を感じるのか?それがまた観察する楽しみになるのです。





2011年6月2日木曜日

動きを鍛える

体を鍛える
 というのは分かりやすいのですが、

動きを鍛える
 というのは分かりにくいです。

大人になると、そういう視点が薄れていくようです。

赤子が立ち上がるとき、
         歩き出すとき、

筋トレをして備えているわけではありません。
最低限の筋力しか持たない中、動き始めるのです。

腰の力を上手に足につなげ、
足から伝わる力を、上手に腰にまとめ、
ゆっくりゆっくり身につけるのです。


整体で大人の体を診るとき、
動きの悪い椎骨に注目します。

その骨を押さえることもあれば、よそから力を運ぶこともあります。

整体体操では、四肢を使いながらそこに力を運び、動きをつけていきます。
だからつなげ方が分かれば一人で出来るのです。

そんな姿が私には動きを鍛えているように見えます。
自分の体を理解する上でも、面白い体操なのです。


2011年5月23日月曜日

ひと言整体:寒暖の差

朝方はまだ冷え込む日が続いております。
気候が暖かくなってくると、汗の穴が開き始め、体は体温を捨てるほうに傾いてきます。
しかし冷え込む朝方は逆に保温に傾かなくてはならないのですから、ちょっと忙しくなります。

柔軟についていける人は問題ありませんが、ついていけない人は思わぬ体調不良となります。
足先に一枚、布団なり毛布なりを用意して、体調管理に努めましょう。


2011年5月18日水曜日

がん治療とは?

こんなニュースがありました。↓
正常細胞が丸のみ破壊…がん治療に期待 神戸大解明 - MSN産経ニュース

「これまではがん細胞を殺す努力をしてきたが、正常な細胞を元気づけ、食べさせる治療法も考えられる」

というところが特にいいですね。

病気をやっつけることよりも、働きのあるところを高めるほうが、はるかに積極的で命を肯定している気がしてきます。

整体の基本的アプローチ、
「働きを高めること、体力の発揚」
それが有効なことと、あらためて思いました。

2011年5月16日月曜日

ひと言雑記 ニジンスキー

短めのブログもいいですね。


ニジンスキーはロシアのバレエダンサーです。
(1890-1950)

「空中で静止して見える」
と言われたニジンスキー、どんな跳躍なのか昔とても興味が湧きました。
その後、そういう感じの跳躍を目にする機会があったり、NBAの選手たちがエアプレイをするのを見て、ニジンスキーのことは忘れました。

今日、ふと気になり調べてみるとネット上に映像が上がってました。
ネット社会の恩恵です。ありがたいです。


映像を見ると空中でスロー再生になるような跳躍が何度か出てきます。
いったいどういう事でしょうか?

結局、気になることが増えたのでした。

【動画リンク】比較的観やすいもの
YouTube - Nijinsky-the jump-les orientales -1910
YouTube - Nijinsky-le saut du Faune
YouTube - Nijinsky 1910 - Sheherazade
YouTube - Nijinsky-Scheherazade 1910
YouTube - Nijinsky 1909 - Le Pavillon d'Armide
YouTube - Nijinsky 1910 - Carnaval
YouTube - Nijinsky -L'oiseau d'Or
YouTube - Nijinsky 1906 - Le Roi Candaule - 2
YouTube - Nijinsky 1911 - Petrouchka - part 2
YouTube - Nijinsky -l'apr?s-midi d'un faune-1912
YouTube - Nijinsky 1906- Le Roi Candaule
YouTube - Nijinsky 1909 - Le Pavillon d'Armide part 2

【参考サイト】
ヴァーツラフ・ニジンスキー - Wikipedia
ジョルジュ・バルビエ 「ニジンスキー」 George Barbier, NIJINSKY.
ニジンスキーの魅力とは

2011年5月12日木曜日

ひと言整体 寝汗

書かなければと思いつつ、まとまった時間が取れないので「ひと言整体」シリーズです。



寝汗をかいた時はまず着替えることが肝要です。



整体では寝汗を、肺の負担と読みます。

寝汗をかいたままで体を冷やすと、更に負担となるのです。



なんとなく調子が悪いな、と感じた時などは、枕元に着替えを用意して休まれることをおすすめします。


2011年4月5日火曜日

自然を見る、生きている森

種種雑多な本を読みます。
芋づる式に読むこともあれば、テーマに沿って読むこともあります。

好きなテーマの一つに「見ること」というのがあるのですが、中でも「自然を見る」というのは興味深いテーマでありまして、これは私のやっている整体が「体に自然を見る」ことが求められているからでもあります。

こういうテーマで本を探すのはとても難しいので偶然出会うことが多いのですが、ここ一年で読んだ中で2冊ほど取り上げてみたいと思います。


 
一冊目
「クマにあったらどうするか」

タイトルはクマに出会ってしまった時の対処法だけのようですが、主たる内容は姉崎等さんというアイヌのマタギの智慧の話です。
姉崎氏はアイヌと和人との混血だったので、アイヌのマタギから逐一技術を受け継ぐには困難な面があり、自身がクマを観察し、クマを師匠とし、クマとひとつになることでマタギの技術を創り上げていきます。

また12才の時に父親と死別したため、一家を支えるために山の中で沢山の技術を身につけていきます。
そんな姉崎氏の観点に「山が生きていない」というのがあります。

営林署の植林事業や防虫剤散布は、「生きた山」を育てることとは程遠いものだったようです。
虫のいないところでは植物の受粉も土壌の代謝も生まれず、食べれる植物が不十分だとクマは子供を作らないそうです。

木や緑があれば自然がある、と感ずる私たち現代人とは見ているものが違う、と思いました。


2冊目
「グランドファーザー」

アメリカ先住民アパッチ族に生まれ、19世紀後半から20世紀後半を生きた古老の物語。

幼少期より感受性の鋭さを認められたグランドファーザーは、古老たちの指示により部族内での修行を終えたのち60年の旅に出ます。アラスカから南アメリカまで、彼は各地で古老を訪ね、教えを乞い、自らも気づくための旅を続けます。

とある森に踏み入れた時、あることに気が付きます。川の片側だけが際立って「生きた森」だったのです。
そして森の奥地に一人の古老が住んでいるのを見つけます。森はその古老が長い年月をかけてケアしていたのでした。
グランドファーザーの言葉で「ケアテイカー」と言うようです。

例えば環境の中で生きていくものと死んでいくものを見定め、より森が生きる方向に修正する。食べる時にも、放っておけば枯れていくもの、死んでいくものを選ぶのです。

余談ですが、グランドファーザー関係の本は多数出ておりまして、私は久しぶりに人生観を揺さぶられました。

妻に話しましたら、
「ほどほどにしといて」という返事でした。



再び整体の話。
症状の重い方の場合に、時々ご家族に技術を教えることがあります。

「この穴のあいたところに導気」とか
「抑えると反発してくるスジのところ」とか

分りやすそうなところを教えるのですが、分かる人もいれば分からない人もいます。
無理からぬことです。
私も井本先生の分かることに、底知れぬものを感ずるばかりです。


それでも「自然を見る」というのは、
体であっても、
環境であっても、
これからの世の中に必要なことだと思っております。



2011年3月31日木曜日

リンパ体操

“リンパ体操”で検索して当サイトを訪問する方が増えています。


おそらく原発事故の影響だと思うのですが、自衛手段を探る方が増えているのはいいことだと思います。

私たちの体には免疫作用があり、解毒能力があるのです。整体体操などを実践して、出来るだけその能力を高めておくのは大切な事です。

来室される方には、リンパ体操等々出来るだけ教えております。

普段は整体体操だけでは受け付けていないのですが、当面の間、体操のみでも受け付けることにしました。

整体体操を実践してみたい方はどうぞご相談下さい。

2011年3月16日水曜日

災害、心、

 未曽有の震災が日本を襲った翌日3/12、ニューヨークの映画祭で山口彊氏の映画が上映されました。
(「二重被爆-語り部・山口彊の遺言」)

二重被爆という稀有な経験を通して尚、「生きること」という命の根源に徹した山口氏の姿勢に、再び啓発されます。

 
かたや戦災、この度は天災、そして皮肉にも原発事故という人災を呼びました。


ヒロシマで被爆した妻の母は生前、当時のことをほとんど語らず、緊急時の備えもなかったそうです。

ただ妻が思い返すには、
「今はいいかもしれないけれど、何かあった時に傷が治りにくいかもしれないから、しっかり食べておきなさい」
とよく言ってたようです。

妻が言うには
「どんな人が早く亡くなるか見ていたからでは」
「何かあった時は“身ひとつ”と思っていたのでは」ということです。


有史以来、空前の発展を遂げた現代社会、
しかし自然の脅威は未だ強大であることを思い知らされました。


山口氏は著書の中で語っています。
どういう悲惨な事件があろうとも、そこに生活があり、笑ったり、泣いたり、怒ったりといった躍動する情感のある限り、時代を象徴する事件がどんなに暗く重くとも、それに染めあげられてしまうことはない

被災地の方々を思えば言葉に詰まりますが、明日は我が身かもしれません。
誰もが今を生きているという現実の中で、「生きること」という平凡さを改めて心に留める次第です。



2011年3月4日金曜日

ちょうふく山の山んば

磯谷家、ある夜、午前三時


「ちょうふくやま!!」



私の眠りを破り捨てるかのような命令口調、

娘(4才)でした。



そういえば昨日の夕方、寝る前に「ちょうふく山の山んば」を読むという約束をしました。




しかし娘は風呂から上がったしばしの暇に眠ってしまったのでした。妻が耳かきをしたのです。耳かきをするとほぼ確実に寝ます。



「これ幸い」と私は自分の仕事に取り掛かったのでした。

しかしまさか、明け方に思い出すとは、、、

「きのう読むってやくそくしたでしょ!!」



高圧的な娘。約束を破ったわけではないけれど、そんなこと言っても始まりません。

素直に読むことにしました。



「むかし、あるところにちょうふく山という山があってな・・・」



妻はたぬき寝入り、ほおがわずかにニヤついています。



読み終わると娘は満足気。



娘「山んばはけっこうやさしいね」

私「そうだね」

娘「ママとねんねするぅ」



娘は妻の布団にもぐり込んでしまいました。私は用済みのようです。



翌日、娘に夕べのことを聞いてみました。

「ママのところにいったのは覚えてるけど、その前は知らない」



ガッカリです。妻は喜んでましたけど、、、



YouTube - まんが日本昔ばなし 「ちょうふく山の山んば」

懐かしいですね。



後日、夕方、、、

娘は幼稚園から帰るなりだるそう、風邪です。

そしてそのまま寝てしまいました。



しばらくして

「耳がいたい~!」

と泣き叫び、起きてきました。



抱いてみるとすごい熱、39度近い感じです。

耳に蒸しタオルをしてあげようとすると、

「ママがいい」



私は却下です。

妻が二度ほど蒸しタオルをして、そのまま寝に入りました。



そ・し・て

午前四時、、、



「ちょうふくやま~~!!」



恐れていたことが、、、

素直に読みました。ええ私が、、、



娘「これは“だぶころ”だね」

らんぼう者の“かも安”、“だぶころ”と呼ばれてました。



機嫌のよい時、娘は声を出して本を読みます、字が読めないのに、、、

だから作った話と意味不明の言葉の連続です。



つまり機嫌がいいのです。

大分楽になったようで、熱もおおむね下がってました。

ヨカッタヨカッタ。



そして読み終わったあとは、お決まりのように妻の布団にもぐり込んでいきました。



おしまい







※参考までにこの日の体温変化



04:00 おそらく37度くらい(測ってない)

08:30 37度

00:00 35.7度

04:00 36.2度

このあとにもう少し体温が上がっていきますが、測ってません。



幼児の場合、4~6時間程度の周期があります。

一気に上がった熱が就寝中に下降し、低体温期が短いことがうかがえます。

このように変化の早い風邪もあります。



お子さんが風邪を引いた時は、こうしたことを踏まえて見守ると、少しずつ風邪の経過に予測がたつようになってきます。

あとは本人の体力を推し量り、適切な対処をしましょう。





2011年2月10日木曜日

山口彊 生きること

ニュースで取り上げられたこともあって、読んでみました。

(ヒロシマ・ナガサキ 二重被爆 (朝日文庫))


参考までに読んだつもりでしたが、いつのまにか本の中に惹き込まれていました。”証言もの”というにはあまりあるほどの内容、私は山口氏の生き様に感服しました。

(山口彊 - Wikipedia)




情に流されることなく語られる事実は重く、それも通過点とされる山口氏の生きる姿勢は整体で言うところの「全生」そのものと思いました。

引用を挟みながらご紹介します。



(P19~ ヒロシマ被爆時の記述)


 太陽が地上に落ちた。

 街は悲鳴をあげ、身もだえするように燃えていた。炎は空を焦がし、熱風があたりをひと薙ぎするごとに草も木も、人間も、燃えた。
(略)
 爆風に跳ね飛ばされ意識を失った私が再び目を開けたとき、(略)さっきまでの青空はかき消え、蝉の声はなく、太陽は見当たらなかった。凄まじい煙が街を包み、紅蓮の炎が沖天の勢いで空を灼いていた。
(略)
 地上に太陽が出現してはならないし、雨が黒くあってはならない。
「二度被爆した」と言えば、私の人生すべてがドラマティックに聞こえるかもしれない。だが、そうした人の思惑をよそに、私は実に淡々と生きてきたと思う。1世紀の時の流れを壮大な目標も持たず、人生の力点をただ「生きること」に置いてきた。
(略)
人生は年表のように単線で表されるものでもない。まして、どういう悲惨な事件があろうとも、そこに生活があり、笑ったり、泣いたり、怒ったりといった躍動する情感のある限り、時代を象徴する事件がどんなに暗く重くとも、それに染めあげられてしまうことはない。



若い頃に短歌を学んだ山口氏は、自身の短歌観を「主観を盛り込もうとしては詠めない」「主観は写生する中で自然と表れるもの」としています。それは山口氏の人生観とも重なるものに思えます。また、本の中での克明な記述にも表れています。90才にしてこの筆力、プロの作家にも比肩すると思うのですが、如何でしょうか。



山口氏は出張先の広島で被爆し、翌日(8/7)の臨時汽車で長崎に帰ります(到着8/8)。その翌日会社に出向き、原爆の報告とアドバイスをしています。

「爆風でガラスが飛散するため窓を開けておいたほうがいいこと、ピカッと光ったら何か頑丈なもののかげに隠れること・・・」

しかし新型爆弾の想像を絶する威力は、なかなか信じてもらえなかったようです。

「とにかくその爆弾にあった者でないと、納得する説明はできんです」
ムッとしてそう言い切らぬうちに、目の端にピカッと発した閃光を窓外に認めた。
「あ!」
 自分でも思わぬうちに声が漏れ、言い終わらぬうちに、なぜか目の前にあったはずの机がかき消えていた。気づくと、私は机の下に潜り込んで、身を屈めていた。
(P202) 


この時の体験を語っている動画がありました。
3分48秒 ナガサキ被爆時の証言



生命力、地に足の着いた安定感、その「生きる姿勢」に影響されます。

動画の続編も載せておきます。



(面会に来たジェームズ・キャメロンの原爆をテーマにした映画は、残念ながら難航しているようです。
参考:ジェームズ・キャメロン 企画中の作品>原爆をテーマにした作品- Wikipedia)



 宿命というものがほんとうにあるかどうか分からない。しかし、私が生き続けられたのは、やはり私に刻印された「彊」の一字のせいではないかと思う。「天行健 君子以自彊不息」(天行健なり。君子はもって自ら彊めて息まず)。
(略)
 私にとって広島と長崎の被爆は、それ以前と以後の人生を断絶するほどの出来事だったが同時に私の人生の上での通過点でしかなかった。
(略)
 どんな状況でも目指すものは、自分の胸の内にあった。それが私のこれまでの支えになった。その目的とは、「ただ生きる」ということだった。
(P248~) 
(参考:自彊不息)



「どうすればいいか」ではなく「こうする」という確信を持って生きてきた。
 その考えに根拠はなくても信じられた。なぜなら自分の心は自分のものだからだ。それが「生きる力」だ。
 人から言われて、私の心臓は動くのではない。私はただ生きている。生きている限り、迷っても道は見つかるだろう。迷っても結局のところ何かを選ぶしかない。そうであれば迷いに飲まれ、不安に覆い尽くされることはない。
 私は91年の歳月をただひたすらに生きてきた。どんなに悲惨なことが起きても、自分がそれに完全に打ちのめされなかったのは、自分の胸の内を尋ねれば真実がわかるからだ。
(P268) 

「人から言われて、私の心臓は動くわけではない」

自分が生きていることに、どれほどの確信を持っているだろうか?自問させられます。実感と言い換えてもいい、リアリティでもいい、そういうふうに生きること、その強さを考えさせられます。

引用だらけになってしまいましたが、多言を弄するよりも一読をお勧めします。



【参考】
山口彊 - Wikipedia
『二重被爆』通信

YouTube - 二重被爆者 山口彊さん死去 (1)
YouTube - 二重被爆者 山口彊さん死去 (2)


ヒロシマ・ナガサキ 二重被爆 (朝日文庫)


上記の旧版↓
生かされている命 - 広島・長崎 「二重被爆者」、90歳からの証言


上下巻あり 山口氏の記述は下巻P211~234

上記の本は三菱重工長崎造船所関係者有志によって始まった寄稿文集「原爆前後」(全50数巻?)の抄録。

以下が原本のようです。

Amazon.co.jp: 原爆前後: 本

2011年1月20日木曜日

ロウソク先生

ロウソク先生です。
私が描きました。

娘(4才)に「学校ごっこをするから学校描いて」
と言われまして、悪乗りして先生キャラクターを描いたところ好評を博しました。
妻もまあまあと言ってくれたので、自画自賛も込めて掲載しました。困った家族です。



ロウソク先生は乱れのない道徳的な人柄、、、ということに何となくなりました。
学校ごっこの授業が始まりました。

娘「ロウソクせんせい!」
ロウソク先生「はい、なんでしょう」
娘「なにかえほんをよんでください」
絵本を読みました。

娘「ロウソクせんせい!」
ロウソク先生「はい、なんでしょう」
娘「みんなにもきいてあげてください」
はて、なにを聞いて欲しいのか?質問が謎ですが、それらしいことを聞いてみます。

ロウソク先生「みなさんは節分を知っていますか?」
娘「しってま~す!!」
他に誰もいないので、娘が答えることになります。


さてとある日
私「イオン行くぞ」
娘「ロウソクせんせいとキックボードで行く!!」
私「!」
私とのお出掛けは却下されたようです。しかし2キロ以上あるのです。キックボードは上手くないので、歩くより遅いはず。多分1時間はかかるでしょう。


道々娘は歌やら話やら質問やら観察やら、一向に前に進みません。
娘「ロウソクせんせい!」
ロウソク先生「はい、なんでしょう」
娘「とうちゃんがね」
ロウソク先生「はい」
娘「わたしが悪いことしてないのに、怒るの」
ロウソク先生「!」

相談されました。思わず素に戻りそうになりましたが、そこを堪えて

ロウソク先生「分かりました。今度ロウソク先生が怒っておきます」
娘「はい、おねがいします」



うーん、ロウソク先生は偉大(?)ですね。

ちなみにこの日のイオン、行きは1時間半、帰りは2時間、イオン滞在20分でした。
 

2011年1月5日水曜日

おめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。

Photograph by George Shiras 



素晴らしい跳躍。

ナショナル ジオグラフィックの誌面を、初めて飾った野生動物写真(モノクロ)だそうです。

われわれも同じ哺乳類、

こんな一瞬を生きてみたいですね。

年明けに予感としてお届けします。

磯谷整体 磯谷聡一

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