2008年2月26日火曜日

運動と働き ~赤ちゃんの成長の過程から~

整体操法も整体体操も動きの無いところを的にしていく
という点で同じ考え方を持っております。


具体的には体の動きや手で触れた感じで、
動き、働きを読んで、誘導していく技術です。


動きがあれば働きがあり、
働きがあれば動きがあるとみます。


「そんな単純なものかなあ?」
と思われる方もいらっしゃると思います。


観察の中では細かいところを見ていくので、
胸椎の何番のどこそこが…
と一般的には分かりにくいことになってきます。


一般的に分かりやすいものは?
と考えてみたのですが、
赤ん坊の成長過程というものが面白いかな、と思いました。


赤ちゃんは生まれた頃には目がほとんど見えません。
少しずつ光を覚え、目でものを追うようになります。


目でものを追うことが脳の働きと言えます。
やがて首がしっかりしてくると、
首がすわり、更に頭の働きが出てきます。


やがて呼吸器の働きがついてくるにつれ、
吸う力も増し、はいはいへと移行します。


はいはいをしながら呼吸器は更に強くなり、
やがて腰に力を掛けて、立ち上がることを覚えていきます。


成長過程が上から少しずつ下へ降りていくのが面白いところです。


下に降りていくにつれ、
母乳以外のものを消化できるようになってくるのも意味深く思えます。



年をとるときに逆の順序をたどる、と教わったこともあります。


誰もがセオリー通りの老化をたどるわけではありませんが、
赤ちゃんの成長は大きくはずれる事が(ほとんど)ないのは、
命の持っている自然さ、だと思います。


これは、ほとんどの人はそう思っているのではないでしょうか。
大きくはずれた場合に専門家に頼ることからも、それが伺えます。


逆に見渡せば、老化は多様な感があります。
色々な人生があるから、ということはあるでしょうが、
それを差し引いても多様な気がします。


成長と老化の働きと動きの自然さを思うと、
自力を発揮することは、
体にとって自然な生活や人生に向かっている、と感じるのです。

2008年2月25日月曜日

産後は刺激を避けて過ごす

妊娠・出産・子育てについては多々思うことがあります。
これは私が整体をやっているから、ということに留まりません。


自然出産という言葉がありますが、
こういう言葉が生まれる不自然さがあるということでしょう。


整体の中にも沢山の教えがありますが、敢えて一般伝承を書いてみます。


産後は刺激を避けて過ごすこと



母親やおばちゃんから教わった、という方もいるかと思われます。
面白いことに世界的にも同じような話が伝わっているようです。


私が聞いたり調べた範囲で書いてみますと、


・産後は水を触ってはいけない。
・産後は針仕事をしてはいけない。
・産後は薄暗い部屋で過ごす。


期間に関しても大体三つくらいに分かれます。


・21日
・7週間
・3ヶ月


同じような話が伝わるということは、
風土や環境に左右されない人間の働きなのだと思います。
(昔話の“山んば”も産後の21日間を村人に家事をさせております)


ところが近頃は、産後すぐにシャワーを浴び、
早々に退院することも多いようです。
中には即日赤ん坊を抱いて退院する人もおります。


昔にこだわるつもりはないですが、
お産は今後ますます不自然になっていくように思います。


産科医不足、助産院の開業の厳しさ、
それでなくても増えそうな計画出産は状況に後押しされて、
増えていくことと思います。



遠い未来に体も変わっていくかもしれませんが、

いずれにしましても、
人間の自然な働きに、
もっと目を向けて欲しいと願っております。

2008年2月19日火曜日

一息四脈 三木成夫と整体

いつも整体、整体、と整体本位のように書いておりますが、医学、生理学、解剖学も好きです。


とりわけ解剖学は好きで、好きな解剖学者が何人もおります。


三木成夫、藤田恒夫、養老孟司、遠藤秀紀…

解剖学というと怜悧な分野のようですが、皆さん血の通った文章を書かれます。


取り分け三木成夫氏は大好きで、氏の論理展開は学問的というより、芸術的であり、常に命を見据えている姿勢に敬服します。


整体の中に一息四脈というのがあるのですが、氏は独自の感性と論理で、そのリズムを予想しておりました。


確か波のリズムと肺呼吸の始まり、心臓との関係、ほにゃらら…で結論付けていた気がしますが、詳細は実のところ忘れました。
(大好きなわりに忘れております…)



生物の上陸とゆふドラマ
寄せる波、返す波、リズム、

どうにか生かんとする、

空気を取り込まんとする肺と、
酸素を運ばんとする心臓、



三木氏の文章を読んでいると、
何ともドラマティックな状況に、思いをはせてしまいます。


肺は徐々に出来ていったと思いますが、発生は消化管から袋が突出したものです(袋状にくびれていった、という印象が個人的にはあります)。
口から空気を取り込もうとした結果だと思います。


鰓(えら)で作れる負圧は小さすぎるので、
口と消化管の負圧を利用したのではないかと個人的には思っております。


もしも鰓に負圧を作り酸素を取り込めたなら、陸上生物の全ては違う形だったのでは?
とまた考えてしまいます。(あくまでも私の空想)



一息四脈の整体上の意味につきましては、
むやみに使われても責任が持てませんので、ここに深くは書けません。


整体を学ばれるか、書籍などを読まれてみてください。


じゃあ書くな!と言われそうですが、
整体に興味がある、整体を受けたい、という人以外にも、


ジャンルの違う方々にも興味を持って欲しいという個人的な願いがあります。

深くは書けませんが、お許し下さい。

2008年2月14日木曜日

たんすの角に足の小指をぶつける

やけに人気のあるこのページ。
素朴な疑問にお答えします。


たんすの角に小指をぶつけ⇒痛い


あなたが噛んだ小指が⇒痛い


どちらも痛いのですが今回取り上げるのは前者の方。



井本邦昭先生は
「力が外に逃げると…」ということをよく仰います。


私たちは目で見て、指で触れ、確認していくのですが、
技術的なことを書いてもややこしくなりますので、


一般的には、
力が外に逃げるとどんなことが起きるかを書いてみます。



「たんすの角に足の小指をぶつけます」


まさにタイトル通り、何にもオチてません。
では何故ぶつけるのでしょうか?

「そこに“たんす”があったから!」
こういう答えをするのは私のようにひねくれた人です。


「不注意だった」
これが素直な回答と思います。


整体的な正解は、
「思ったよりも足が外にあったから」 となります。
これも素直な回答ではないでしょうか。


街中でも電車の中でも、やけに巾を取る人がおります。
体のサイズの問題ではありません。


腕を振る、足を出す、財布を出す、かばんを開く、椅子に座る・・・・
いちいち巾を取ってしまうのです。


体がくたびれてくると、動作の一つ一つが場所を取ります。
大抵の場合、本人にその自覚はないものです。


そうなってくると、たんすの角に小趾をぶつけるようになってきます。
(足の指は解剖学上は趾と書きます)


歩いていてやけに人にぶつかってしまう、というのも同様です。

自分のことは自分でやりましょう、というのがありますが、


自分の体は自分で把握しましょう、というのも大切です。


体をゆるめ、整体にしていくのが大切なのは、
こういう理由もあるのです。

2008年2月12日火曜日

足首

整体から見た、足首のくびれ?
足首を細くしたい女性が多いようです。


一体どうゆう理由かな?と考えたりします。


そんなこと考えるまでもない、と言われそうですが
職業柄か性格上か、考えてしまいます。



整体においても足首は細い方がよい、とされています。
足首がゆるんでいれば、内に締まる力が働きます。
締まる力があれば、ゆるんでおります。


逆に足首が硬直してくると、内に締まる力がなくなり、外に開いてきます。
外に開きっぱなしでは、足首の役目を果たせませんので、
何とか仕事をするために力が入ります。


こういう力は往々にして入りっぱなしで、抜くことが出来ません。
結果疲れやすくなるのです。


足首が外に開くというのは、ちょっと分かりにくいかもしれません。
疲れたからといって
「今日は大分足首が開いてるなあ」
と思う人は整体関係者くらいでしょう。


皆さんが体験することでは、靴擦れがあります。
いつも履いている靴なのに、何故かくるぶしが当たることがあります。


そういう時です。
足首が開くと、くるぶしが下がります。


他にも靴下に締め付けられる気がしたり、
ブーツがきつくなったり、いろいろあるかと思います。


一般的には足首の太さの原因は様々のようですが、
疲労素の問題があるということをご理解下さい。


当然、足首が細い人でも疲労が重なれば、一時的に太くなってきます。


太くなった時、疲労した時、ちょっと外から締めると楽になります。


手首でも同様ですが、
スポーツ選手などが手首足首にテーピングをするのは、
そんな体の要求も手伝っていると思われます。



整体操法(施術)でも、足首を締める方法は沢山ありますが、美容上の観点から用いるわけではありません。


その時の体の状態によって使うこともあれば、
使わないこともあります。


ただ熱望する人が時々おりますので、
そういう方には自分でやる方法をお教えしております。


尚、足首は男性も女性も締まっているほうがいいのは言うまでもありません。

2008年2月8日金曜日

体が重い… ~中心から外に力が逃げる~

「体が重い…」


そんな時
「大分食べたからなあ…」


そう思う人はあまりいないと思います。


「太ったかなあ…」
そう思う人はいるかもしれません。


しかしお伝えしたいのはそういう事ではありません。
体重が変わらないのに重く感じることがある、ということです。


なぜでしょうか?
「疲れたからだろう」


その通りです。
疲れると重く感じるのです。


整体では
「中心から外に力が逃げる」と表現します。


おそらくこの言い方は井本邦昭先生しかしていないと思われます。
大変、奥深い言い方です。


生きているものの大原則として、中心に力が集まっていることが大切です。
中心に力が集まっている時、体を軽く感じます。


体がゆるんでくると、自ずと中心に力が集まってきます。
力を入れることとは違います。


中心に力が集まっていると、全体としてまとまりのある印象になりますが、
中心から力が逃げていくと、だらしなくなってきます。
終電間際によく見受けられます。



不思議なことに中心から力が逃げてくると、持ってみても重く感じます。
他人の腕を持った時に
「重いなあ」
と感じたことはないでしょうか?


整体指導者は見た目で負担を感じ、触れてみて更に確かめます。


そういうと摩訶不思議なことと思われがちですが、
皆さんも他人の腕にそんな印象を持ったことはあると思います。


そんな腕を上手に持つと、ふと相手は呼吸が楽になります。
もちろん相手に受け入れる気がないと無理です。


整体操法の技術の一端と言えます。
そうやって相手に力添えしたものが、相手の力として固定されるように操法をしております。

2008年2月4日月曜日

肘と肺の関係

肘と肺は関係しています。


日常的によく見たり、経験することでは肘掛けが分かりやすいでしょうか。
疲れてくると肘掛けを使いますが、肺が疲れてくると掛けるようになります。


いや、体が疲れているんだろう。
という見方もありますが、的を絞っていけば肺の疲れとなります。


腰が疲れれば足組みをしたり、膝をがばっと開いたり、お尻をずるっとすべらせたりしますので、やはり疲れているところに応じた休息の姿勢があります。


肘を掛けたくなる方も左右で違います。右なら右、左なら左の肺が疲れていると観るべきです。
疲労が蓄積すると肘が黒ずんでくることもあります。


こうなると文字通り疲れが目に見えてきた、ということになります。


歩行時など、平常の動作でも
肺の状態を肘が物語ることがあります。


肘を外に張ったり、内に絞るような姿勢をとったり、いつも曲がっていたり、、、、、


いずれにしましても、その人の体の状態に応じて中心に力が集まる姿勢、
つまりはその人が力を発揮できる姿勢をとります。


その形に定型的なものを押し付けることは出来ません。
力を発揮できる姿勢は人によって少しずつ違うからです。


体の負担による違いもあれば、能力の方向の違いもあります。


もちろんよりニュートラルな緩んだ姿勢を取れることは理想ですが、
鋳型にはめるような考え方はよくありません。


形よりも、中心に力が集まる感覚が大切です。
それが充実感につながっていきます。

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