2013年3月24日日曜日

孤愁 サウダーデ


「孤愁 サウダーデ」新田次郎、藤原正彦共著。

長いこと整体に来ている徳島の方に薦められて読んでみました。
新田次郎の絶筆作品を32年の時を経て実子、藤原正彦が書き継いだという珍しい作品です。
以下、あらすじと読書感想文でございます。

タイトルにもなっている「弧愁(サウダーデ)」。
なじみのない言葉ですが、本書によるとポルトガル人を象徴するような意味があるようです。

平たく言うと「思い出に生きる」それもちょっと「悲しみや痛みを感ずる思い出に生きる」ということのようです。
日本人なら何となく分かるその感覚。モラエスも日本人の中にそれを見いだしたようです。

モラエス(1854~1929)はポルトガル海軍士官として来日し、後に領事を務めた人物ですが、同時に作家であり、詩人であり、生物学にも通じていた、という特異な人物です。

作品の前半(新田次郎による筆)は日清戦争前夜から日露開戦。史実の中のモラエスと彼が日本に魅せられていく様子が描かれています。そして前半最後の方ではおよねさんという日本女性を娶ります。

後半は愛するおよねさんと死に別れ、公職を捨てるように退き、およねさんの故郷徳島へ旅立ちます。

起承転結でいえば「転結」の部分を藤原氏は引き継いだわけです。大変な引き継ぎであったことが忍ばれます。

徳島でサウダーデに生きるモラエスが描かれ、その死とともに結びとなります。新田氏ならどう描いたのかは定かでありませんが、公職を離れ日々を生きるモラエスに共感を覚える人は多いことと思います。

ポルトガルからの年金を拒絶し、貯金を切り崩しながら徳島の生活に埋もれていくモラエス。
昨今はやりのスローライフと言えなくもありません。日本への憧れとおよねさんへのサウダーデは彼独自のものですが、モラエスが捨て去りたかった生活は、誰しも一度は思うようなものではないでしょうか。
必ずしも捨てる必要のない過去だと思うのですが、捨て去ることでそれもまたサウダーデへと昇華していったのだと思います。

さて日本に、徳島に染まろうとしたモラエスですが、その風体は異邦人に変わりありません。小説の中では子供らが家に集い、尼と語らい、日本に染まりゆくモラエスが描かれていますが、「西洋乞食」と揶揄されてもいたようですから、常に平穏ではなかったことでしょう。

そして、だからこそ、尚更サウダーデに生きることを求められたのでしょう。
消え去ろうとする情感をわずかに灯しながら、日々の生活を受けとめて生きる。

そんな異邦人の物語です。


余談となってしまいますが、前半で若い頃に切腹し損ねた元侍の老人が登場します。
小説に必要な史実ではないのですが、サウダーデを語る上で重要な人物となっています。
私にはそれが非常に印象深く残りました。
人が時代をどう受け止めて、どう生きるのか、尽きることのない興味を喚起させられるのです。


ヴェンセスラウ・デ・モラエス - Wikipedia
サウダージ - Wikipedia
日清戦争 - Wikipedia
日露戦争 - Wikipedia

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