2010年10月21日木曜日

黒き猫

秋元洒汀没後65年記念展 秋元洒汀と菱田春草に家族三人で行ってきました。

妻の曾祖父の弟が菱田春草(1874-1911)という日本画家なのですが、この流山(私の現住所)の地にゆかりがあることを初めて知りました。洒汀は春草を経済的に支え、春草は代表作である「黒き猫」「落葉」などの作品をうみだします。今回の展示は二人とその周辺の書簡が中心となっております。


 
迎えてくれた秋元由美子さん(画家)は私たちの来訪を喜んでくださり、しばし歓談いたしました。秋元由美子さんにとっても春草は敬愛する存在のようで、その愛情を感じ、嬉しくなりました。また御母上の秋元松子さんも画家であり、絵の手ほどきを春草に受けられたそうで、その時の資料もありました。

春草は夭折しておりますし、寡黙に自身の絵を追求した方ですから弟子はおらず、絵の手ほどきをした方は他にはいないのではないでしょうか(私もそれほど詳しいわけではありませんが、、、)。

さて今回の展示品ですが、春草に関する研究書はあまりありませんので、書簡の内容はここでしか見れないものがほとんどだと思います。興味のある方は今度の日曜日まで開催されておりますので、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。こちらからどうぞ。


「黒き猫」も「落葉」(どちらも重要文化財)も最初は秋元家に所蔵されていたようです。しかしまさかかつて流山にあったとは、驚きです。今春、国立博物館で「細川家の至宝展」がありまして、家族で観に行きました。目的は「黒き猫」だったのですが、残念なことに会期途中で「落葉」に交代しておりました。「落葉」ももちろん素晴らしいのですが、目的が果たせず口惜しい思いをしました。今回また「黒き猫」の幻に遭遇したような思いです。

「黒き猫」は現在「永青文庫(細川家)」で所蔵しているのですが、これが井本整体の音羽道場(現在は移転)の近く、目白台にあるのです。国立博物館で伺ったところによると現在は熊本美術館に保管してあるようです。

「音羽に通っている頃に観にいけばよかった」と、これも悔しくなります。ちなみに妻の会社も音羽でした。そして彼女も音羽道場に通い私と結婚、、、いやそんな話はどうでもいいのですが、結婚式の時に義父が「黒き猫」についてスピーチしてくれました。

義父はそれまで家族にも親族についてほとんど語らず、人から春草のことを言われると
「春草は春草、俺は俺だ」
と思っていたそうですが、この時は別でした。

そんなわけで「黒き猫」は私にとって特別な感触があります。現在、神楽坂でも整体をしておりますが、その旅館「和可菜」も黒猫とは縁深いところなのです。

何やら幻の黒猫を追いかけているような気にさせられます。
どんな意味があるのでしょうか?とても気になります。。。。


2010年10月13日水曜日

椰子の実

名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ
「椰子(やし)の実」島崎藤村 全文
(C)BONGURI


娘を寝かしつけながらよく歌います。
童謡ではありますが、この歌は不安にあふれ、言葉も難しく、童謡にあるまじき童謡です。


うろ覚えながらも娘は途中まで一緒に歌うのですが、一番の最後

汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

ここで単語の切れ目が理解できなくなるようです。
こんな歌、なんで歌うんだろうとわれながら思うのですが、
歌ってると生きていることの意味の無さを感じ、ふと楽になります。

生きる意味とか生きがいとか、目的、夢、どれも人間らしさですが、元々そんなものを持って産まれてきてはおりませんので、歌っていると素(す)に帰るような喜びを感じます。

娘も四才になり「出来た」「出来ない」を通して自分を見つけるようになりました。

漠とした「恐れ」ではなく「出来ない」ことを知った「恐れ」
漠とした「自信」ではなく「出来る」ことを知った「おごり」

そういうものも身につけ始めました。良かれ悪しかれですね。
生きているという、それ以上でもそれ以下でもないものが裏に隠れ始めました。

これから彼女も成長する中で教育を受け、更にスキルを通して自分を見つめてゆくのでしょう。

そして他人もそのように見つめ、時に生きている自分を見失うのだと思います。

生きている自分、生きている実感、見失った時の寄る辺の無さ、昨今の問題に感じる方も多いかと思います。
われもまた 渚(なぎさ)を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ
寄る辺の無さに藤村は何を思ったのでしょうか。
実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)
流れ着いた椰子の実の旅路を思い、再びの流離を思い憂う、

激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙
「ここは異郷」と激しく涙する。なんとも救われない歌詞です。
しかし

思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか 国に帰らん
藤村は自信の血筋に嫌悪を感じたこともあるようですが、
最後の歌詞はふるさとを思い、心の安定をみます。
そして途中歌われるふるさとも

旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
と、豊かで広がりを感じさせるものです。
ここで歌われるふるさとって何でしょうか。
藤村の真意は分かりませんが、
私は「命の無垢な感覚」を思わされるのです。


とまあ歌いながら、つらつらと思い巡らせていると、娘が眠りに落ちてたりします。
忘れてたみたいでちょっと悪いことしたな、と思ったりするのです。


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