2007年12月20日木曜日

整体を選んだころ

療術を勉強し始めて、ひと段落ついたころ悩みました。


人間は結局どうなったら健康なんだろう?
そんな基本的な疑問です。


病気が無ければ健康。
症状が無くなったら、健康。


だとすると、あの若者の活気のなさは何だ?
子供のつまらない顔は何だ?
意地汚くなったようなあの人は?
うつろな目をした年寄りは?
そばに居ても居ないようなこの人は?


体の形がどう、とか
足の長さが左右でどう、とか


それで何が測れるのか?

その時、結論として出したのは、


優れた治療であるなら、
優れた人間への思想があるはずだ、

というものでした。


どうなったらいいのか?
それが無ければ、人を診ることは出来ない。


どうしたらいいのか?
そこに豊かな思想が無ければ、治療家として物足りない。


「ここが悪いのでなおして下さい」
下手な修理屋、エンジニアの如く、言いなりで修理をするのが治療家ではないのでは?


そんな私の疑問に答えを出していたのが整体でした。
整体の人間観、世界観は広く、奥深いものでした。


「整体ってすごい」

非常に単純な思いのまま整体の世界へのめり込んでいきました。

そしていくつかの出来事の末、井本邦昭先生の下で門下生(内弟子)となりました。


思想を押し付ける気は無いですが、
相変わらず「整体はすごい」と思う毎日です。

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