生まれたばかりの赤ん坊は歩けません。
当然ですね。
動物の中には生まれてすぐに歩き出すものもありますが、
人間においては、
寝返りもうてず、
這うこともできず、
ましてや歩くことなどできません。
しかしそんな存在だからこそ、
成長を見つめることの面白さがあります。
今回は”ハイハイ”をテーマに見つめてみます。
2010年3月27日土曜日
ハリモグラの動きから~その2
ムーニーマン、ハイハイ用です。
いかがでしょうか?
前回のハリモグラの動画をもう一度見てみます。
なんとなく共通点が見えてきたでしょうか?
この時期の赤ん坊は
背骨を左右に動かしながらハイハイをします。
肘の位置も特徴となります。
足腰に重心が掛かってこないうちは、
肘が外に張り出すような形となります。
これもハリモグラや、は虫類に共通しています。
そしてハイハイも終わりの時期が近づくにつれ、
肘が後ろにおさまってきます。
重心が足腰に掛かるようになってくるのです。
ほとんどの哺乳類はそんなふうに肘頭が後ろに向いております。
しかし
人間の大人であってもくたびれてくると、肘が外に張りだしてきます。
逆に頑張ろうとして、肘を内に捻るようにしている人もおります。
犬でも犬種による違いもあるでしょうが、
老いて肘が外に張ってきているのがおります。
これも大分くたびれてきたんだな、と感じるわけです。
肘だけでも表情があり、
人間だけでなく動物全般を見渡してみても面白いものです。
余談ですが先日「大哺乳類展」に行ってきました。
ハリモグラの骨格標本の前で、
「赤ん坊がハイハイしてるみたい・・・」
といっている人がおりました。
ホントにその通りです。
なんとなく分かるんですね。
人間の成長に悠久の時を感じるしだいです。
▼ハイハイ 参考サイト
ずりばい YouTube - ずりばい
はじめてのハイハイ YouTube - はじめてのハイハイ
ハイハイ
YouTube - ハイハイ
おすわり 赤ちゃん
YouTube - おすわり 赤ちゃん
高速ハイハイ
YouTube - 高速ハイハイ
はじめてのたっち
YouTube - はじめてのたっち
はじめてのあんよ
YouTube - はじめてのあんよ
みんなYouTube動画です。
こんなキーワードで検索すると沢山出てきます。
赤ちゃんの成長度合いを読んでみるのも面白いと思います。
2010年3月24日水曜日
ハリモグラの動きから~その1
(C)Roepers
ハリモグラ(エチヅナ)、オーストラリアとその周辺に生息。
一応哺乳類、念のため。
仲間はカモノハシ、一般に単孔類と呼ばれ2種しかおりません。
一応整体ブログですが、
個人的に動物について考え、
人間というものを見つめ直すのが好きです。
好みでない方もいらっしゃるでしょうが、
お付き合いください。
さてハリモグラ
哺乳類ですが、卵を産みます。
母乳で育てますが、乳首はありません。
乳腺からしみ出る乳汁で育てます。
尿道、肛門、生殖孔は分かれておらず、
総排泄腔という一つの穴ですべてをまかないます。
そのため単孔類と呼ばれることもあります。
こんなふうに哺乳類の特徴が少し中途半端なため、原始的な哺乳類とされております。
ここで動画を見てみましょう。
いかがでしょうか?
”よっこらよっこら”歩く姿が愛らしく、憎めない印象をあたえます。
犬や猫など同じ四つ足で歩く動物とは
何かが違うという印象を受けます。
なぜでしょうか?
脊椎動物の歴史をさかのぼると、
魚の時代は背骨を左右に波打つことで推進します。
陸に上がり、は虫類の時代も背骨の運動は主に左右です。
これが哺乳類になると、前後や上下の方向が加味されていきます。
ところがこのハリモグラはそういった動きを持たないのです。
それでは、は虫類を代表してオオトカゲに登場してもらいましょう。
いかがでしょうか?
体を左右に動かしているのがよく分かります。
生命の歴史には
「運動」というソフトウェアが積み重ねられているのが
お分かりいただけるかと思います。
続く。。。
▼参考
ハリモグラ - Wikipedia
Echidna - Wikipedia, the free encyclopedia
ハリモグラ - 哺乳類(哺乳綱) - Yahoo!きっず図鑑
川崎悟司イラスト集・ハリモグラ
ハリモグラ(エチヅナ)、オーストラリアとその周辺に生息。
一応哺乳類、念のため。
仲間はカモノハシ、一般に単孔類と呼ばれ2種しかおりません。
一応整体ブログですが、
個人的に動物について考え、
人間というものを見つめ直すのが好きです。
好みでない方もいらっしゃるでしょうが、
お付き合いください。
さてハリモグラ
哺乳類ですが、卵を産みます。
母乳で育てますが、乳首はありません。
乳腺からしみ出る乳汁で育てます。
尿道、肛門、生殖孔は分かれておらず、
総排泄腔という一つの穴ですべてをまかないます。
そのため単孔類と呼ばれることもあります。
こんなふうに哺乳類の特徴が少し中途半端なため、原始的な哺乳類とされております。
ここで動画を見てみましょう。
いかがでしょうか?
”よっこらよっこら”歩く姿が愛らしく、憎めない印象をあたえます。
犬や猫など同じ四つ足で歩く動物とは
何かが違うという印象を受けます。
なぜでしょうか?
脊椎動物の歴史をさかのぼると、
魚の時代は背骨を左右に波打つことで推進します。
陸に上がり、は虫類の時代も背骨の運動は主に左右です。
これが哺乳類になると、前後や上下の方向が加味されていきます。
ところがこのハリモグラはそういった動きを持たないのです。
それでは、は虫類を代表してオオトカゲに登場してもらいましょう。
いかがでしょうか?
体を左右に動かしているのがよく分かります。
生命の歴史には
「運動」というソフトウェアが積み重ねられているのが
お分かりいただけるかと思います。
続く。。。
▼参考
ハリモグラ - Wikipedia
Echidna - Wikipedia, the free encyclopedia
ハリモグラ - 哺乳類(哺乳綱) - Yahoo!きっず図鑑
川崎悟司イラスト集・ハリモグラ
2010年2月24日水曜日
めまい ~コップの水を運ぶ
となりのホームで電車が走りだすと
こちらの電車が反対に走り出したような錯覚を覚えることがあります。
うちの娘は前歯を「イー」とやって磨くとき、
顔を左右に動かします。
ちょっと考えれば分かることなのに、
なぜ間違うのでしょうか?
なにか感覚が優先されるのでしょう。
たとえば、
人間の平衡感覚とは何を基準としているのでしょうか。そんなことを考えてみたいと思います。
平衡は耳の中の三半規管で感じ取ります(脳の中で視覚情報などを統合して処理するようですが、そのへんはちょっと難しいので、今回は耳に絞って話を進めます)。
三半規管には、三つの管があります。
大雑把に概念モデル的に見ます。
三つの管はそれぞれ、前後、左右、上下、三方向を軸にしています。管の中には水が入っています。
人間が動くと、水はその場にとどまろうとしますので、管の中では流れが生じます。
動いた方向によって、流れが生じる管が変わり、どの方向に動いたかが分かるわけです。
人間が前に動けば、水は後ろに流れ、前に動いたという情報が脳に送られるのです。
こんな話をご存知でしょうか?
「クルクル」回転して目が回った場合、
反対に回ると平衡感覚が元に戻る。
平衡という生理的な狂いを、意識的な運動で回復させるのです。
三半規管の仕組みを想像すると納得がいくのではないでしょうか。
”めまい”というのがあります。
ちょっと動いただけなのに、大きくまわりが動いたように感じる。
耳を調べても異常が見つからない。
そんな時
「何か運動に問題があるのかも?」
私はそんなことを考えます。
耳の中の水を上手に運ぶのは、まるでコップの水を上手に運んでいるような行為です。
体がゆるんでいるほどに、それは上手に運べるのではないでしょうか。
整体では胸椎5番を耳、平衡の急処と見ます。ここの動きが悪いと、耳鳴り、めまいなどを疑います。
そういう教わり方はしていませんが、
三半規管の水を運ぶ運動の軸となっているのではないでしょうか。
そんなわけで、
耳そのものに因(よ)るめまいもあるでしょうが、耳に因らないめまいも考える必要があると思います。
いずれにしましても、”耳寄りな話”と、思っていただけたなら幸いです。
こちらの電車が反対に走り出したような錯覚を覚えることがあります。
うちの娘は前歯を「イー」とやって磨くとき、
顔を左右に動かします。
ちょっと考えれば分かることなのに、
なぜ間違うのでしょうか?
なにか感覚が優先されるのでしょう。
たとえば、
人間の平衡感覚とは何を基準としているのでしょうか。そんなことを考えてみたいと思います。
平衡は耳の中の三半規管で感じ取ります(脳の中で視覚情報などを統合して処理するようですが、そのへんはちょっと難しいので、今回は耳に絞って話を進めます)。
三半規管には、三つの管があります。
大雑把に概念モデル的に見ます。
三つの管はそれぞれ、前後、左右、上下、三方向を軸にしています。管の中には水が入っています。
人間が動くと、水はその場にとどまろうとしますので、管の中では流れが生じます。
動いた方向によって、流れが生じる管が変わり、どの方向に動いたかが分かるわけです。
人間が前に動けば、水は後ろに流れ、前に動いたという情報が脳に送られるのです。
こんな話をご存知でしょうか?
「クルクル」回転して目が回った場合、
反対に回ると平衡感覚が元に戻る。
平衡という生理的な狂いを、意識的な運動で回復させるのです。
三半規管の仕組みを想像すると納得がいくのではないでしょうか。
”めまい”というのがあります。
ちょっと動いただけなのに、大きくまわりが動いたように感じる。
耳を調べても異常が見つからない。
そんな時
「何か運動に問題があるのかも?」
私はそんなことを考えます。
耳の中の水を上手に運ぶのは、まるでコップの水を上手に運んでいるような行為です。
体がゆるんでいるほどに、それは上手に運べるのではないでしょうか。
整体では胸椎5番を耳、平衡の急処と見ます。ここの動きが悪いと、耳鳴り、めまいなどを疑います。
そういう教わり方はしていませんが、
三半規管の水を運ぶ運動の軸となっているのではないでしょうか。
そんなわけで、
耳そのものに因(よ)るめまいもあるでしょうが、耳に因らないめまいも考える必要があると思います。
いずれにしましても、”耳寄りな話”と、思っていただけたなら幸いです。
2010年1月29日金曜日
うんちをすると・・・
「うんちをすると、涙が出るんだね」
涙目で娘(三才)が言いました。
子どもの発見は、時に刺激的です。
さて、うんちと涙は関係あるのでしょうか?
以前、括約筋や心臓について書いたことがありますように、整体では括約筋を皆、関連づけて読んでいきます。
これだけでは面白くない話ですが、
”大便の時に涙ぐむ”
というとちょっと面白くなります。
肛門は括約筋で出来ており、涙腺もまた、小さな括約筋といえます。
ひとつがゆるむと、他もゆるむという運動の関連性を見つけられるのです。
老人が涙もろくなる、なんていうのもこういう関係だと思います。
他にも、毛穴が閉じず汗が引かない、
なんていうのも、体の他の状況と照らし合わせると面白くなります。
みなさんも生活の中で括約筋を見つけてみてはどうでしょう。
他の動物で見てみます。
「海亀の産卵」
ヒレ状の手足で不器用に砂浜を掻きながら上陸
産卵時に浮かべる涙
生命のたくましさと
子孫を遺さんとする「産みの苦しみ」
見ていて感動を誘います。
しかし整体指導者として観察すると、
「産卵で括約筋がゆるんだんだな」
さらにわたし流の観察として、
「産卵で排出した体温は、どうやって回復させるんだろうか?
海に帰っても寒くない体の働きとは?
亀は泣くのだろうか?
人にとって、泣くとはどういうことなのだろう?」
などと色々考えてしまいます。
生き物の働きというのは、興味がつきません。
娘はずい分早い時期から
”うんちをすると涙が出る”という発見をしておりました。
視点が整体向きかな?
などと親バカな事を感じます。
そんな娘が最近新たな発見をしました。
「大人はうんちの時、涙が出ないんだね」
さらに続けて
「そうか!眼鏡をかけてるからだね。
邪魔になるからね」
幼いなりに、いろいろ考えるようです。
2009年12月31日木曜日
数えること、教えること
数が数えられるからといって、数の概念が確立されているとは限りません。
数という概念の面白さ、
数学をとうに忘れてしまった私ですが、四方山書かせていただきます。
算数
「リンゴが五つにバナナが二つ
合わせていくつでしょう?」
算数の初歩でよく出されるこの問題。
(最近は違うのかもしれませんが・・・)
数だけ足せば、答えは「7」ですが、
リアルに空想すれば、
リンゴとバナナは合わせてもリンゴとバナナのまま。
いくら待っても混ざってはくれません。
合わせられるのは、数という概念だけです。
このことに引っ掛かる子供もおります。
知能の発育度合いというより、
感受性の傾向なのだと思います。
とある部族の話
数が数えられない部族です。
飼っている羊の数を把握するため、
柱にキズをつけています。
羊の数とキズの数は同数です。
日本に生きる私たちと、どんな認識の差があるでしょうか?
何を覚えれば、私たちのように数えられるでしょうか?
取り合えず「イチ」「ニ」など、数の呼称が必要だろう。
いやいや「五進法」でも「十進法」でもいいから
「繰り上がり」の概念を覚えれば、キズの数も減らせて楽だろう。
いろいろあると思います。
ここでひとつ付け加えます。
実はこの部族の場合、キズと羊が対応しております。
つまり
「このキズは、あの羊
こっちのキズは、あっちの羊」
となっているのです。
柱のキズに数を見てしまうのは、こちらの感受性なのです。
話は変わって教育について、、、
三つ子の魂なんとやら、の例え通り
乳幼児期の教育は重要と思います。
しかし教育する側の主観の土台には何があるでしょうか。
人により、時期により、必要なものを見定めるのは大変なことです。
過剰な教育で心が不安定になるのも、こんな落とし穴にはまるからではないでしょうか。
数に例を取りましたが、
教育を考える時よく上のような事を思い出します。
「もういくつ寝るとお正月」
今年の残りを数えた人も多いかと思います。
その数は、どんな数だったでしょうか?
こういう数には、個性を覚えます。
百八つの鐘には、どんな個性を感じるでしょうか?
みんな違うのでしょうね。
よいお年をお迎えくださいませ。
数という概念の面白さ、
数学をとうに忘れてしまった私ですが、四方山書かせていただきます。
算数
「リンゴが五つにバナナが二つ
合わせていくつでしょう?」
算数の初歩でよく出されるこの問題。
(最近は違うのかもしれませんが・・・)
数だけ足せば、答えは「7」ですが、
リアルに空想すれば、
リンゴとバナナは合わせてもリンゴとバナナのまま。
いくら待っても混ざってはくれません。
合わせられるのは、数という概念だけです。
このことに引っ掛かる子供もおります。
知能の発育度合いというより、
感受性の傾向なのだと思います。
とある部族の話
数が数えられない部族です。
飼っている羊の数を把握するため、
柱にキズをつけています。
羊の数とキズの数は同数です。
日本に生きる私たちと、どんな認識の差があるでしょうか?
何を覚えれば、私たちのように数えられるでしょうか?
取り合えず「イチ」「ニ」など、数の呼称が必要だろう。
いやいや「五進法」でも「十進法」でもいいから
「繰り上がり」の概念を覚えれば、キズの数も減らせて楽だろう。
いろいろあると思います。
ここでひとつ付け加えます。
実はこの部族の場合、キズと羊が対応しております。
つまり
「このキズは、あの羊
こっちのキズは、あっちの羊」
となっているのです。
柱のキズに数を見てしまうのは、こちらの感受性なのです。
話は変わって教育について、、、
三つ子の魂なんとやら、の例え通り
乳幼児期の教育は重要と思います。
しかし教育する側の主観の土台には何があるでしょうか。
人により、時期により、必要なものを見定めるのは大変なことです。
過剰な教育で心が不安定になるのも、こんな落とし穴にはまるからではないでしょうか。
数に例を取りましたが、
教育を考える時よく上のような事を思い出します。
「もういくつ寝るとお正月」
今年の残りを数えた人も多いかと思います。
その数は、どんな数だったでしょうか?
こういう数には、個性を覚えます。
百八つの鐘には、どんな個性を感じるでしょうか?
みんな違うのでしょうね。
よいお年をお迎えくださいませ。
2009年11月30日月曜日
姪の秘密
「秘密を教えてあげる!」
六歳の姪が言います。
「なになに?」と私
「あのね、
”うんてい”を一段抜かしで全部出来たら、
素敵なアイドルになれるのよ!」
秘密を切り札にして大喜びの姪、
アイドルの意味も分からないまま、
何やら喜び始める三歳の娘、
たとえアイドルになれても
誰にも喜んではもらえない私
互いに何も共有しないまま、
何かを共有していつも遊んでおります。
しばらく遊んでるとまた
「そんなこと言ってると、秘密を教えてあげないわよ!」
とへそを曲げる姪
「なになに?」と私
その先は同じ展開
すでに聞いた秘密で何度でも遊びます。
子どもの頃にありがちな秘密の切り札。
大人になっても多々ありますが、
同じ秘密で何度でも遊べるのは子どもだからでしょう。
だから再び
「そんなこと言ってると、秘密を教えてあげないわよ!」
と始まります。
「教えて~~」と今度はつかまえてみます。
「だめ~~」と逃げる姪
「きゃっきゃっ~」と後に続く娘
「教えて~~」
六歳の姪が言います。
「なになに?」と私
「あのね、
”うんてい”を一段抜かしで全部出来たら、
素敵なアイドルになれるのよ!」
秘密を切り札にして大喜びの姪、
アイドルの意味も分からないまま、
何やら喜び始める三歳の娘、
たとえアイドルになれても
誰にも喜んではもらえない私
互いに何も共有しないまま、
何かを共有していつも遊んでおります。
しばらく遊んでるとまた
「そんなこと言ってると、秘密を教えてあげないわよ!」
とへそを曲げる姪
「なになに?」と私
その先は同じ展開
すでに聞いた秘密で何度でも遊びます。
子どもの頃にありがちな秘密の切り札。
大人になっても多々ありますが、
同じ秘密で何度でも遊べるのは子どもだからでしょう。
だから再び
「そんなこと言ってると、秘密を教えてあげないわよ!」
と始まります。
「教えて~~」と今度はつかまえてみます。
「だめ~~」と逃げる姪
「きゃっきゃっ~」と後に続く娘
「教えて~~」
「だめ~~」
「教えて~~」
「”うんてい”を一段抜かしで全部出来たら、
素敵なアイドルになれるのよ~~」
姪の息が切れはじめます。
「でも教えて~~」と、かぶせてみます。
「やっぱだめ~~」
「きゃっきゃっ~」
いつのまにやら家中を追いかけっこ
もう何が何だか分かりません。
こういう時に”呼吸で遊んでる”と感じます。
大人になるとなかなかこんなことで楽しめません。
呼吸が合ってくることよりも、
刺激の強さを求めることの方が多い気がします。
遊んであげると言いながら、
一番喜んでるのは私かもしれません。
お子さんのいらっしゃる方はどうぞお試しください。
うまく呼吸の中で遊べたら、
”童心”に帰れるのかもしれません。
「教えて~~」
「”うんてい”を一段抜かしで全部出来たら、
素敵なアイドルになれるのよ~~」
姪の息が切れはじめます。
「でも教えて~~」と、かぶせてみます。
「やっぱだめ~~」
「きゃっきゃっ~」
いつのまにやら家中を追いかけっこ
もう何が何だか分かりません。
こういう時に”呼吸で遊んでる”と感じます。
大人になるとなかなかこんなことで楽しめません。
呼吸が合ってくることよりも、
刺激の強さを求めることの方が多い気がします。
遊んであげると言いながら、
一番喜んでるのは私かもしれません。
お子さんのいらっしゃる方はどうぞお試しください。
うまく呼吸の中で遊べたら、
”童心”に帰れるのかもしれません。
2009年10月15日木曜日
今日もまた・・・ 父親のあり方?
娘が生まれたとき、
年頃になって嫌われるまでは、
一所懸命かわいがろうと思いました。
帰宅・・・
「顔は近づけないでね」
娘(3才)に言われました。
さらに、
「見るだけにしてね」
妻は大喜びです。
帰宅して早々、厳しい一言。
きっと愛情の裏返しなのでしょう。
食後・・・
いつのまにか、娘は妻の膝の上で楽しそう。
「ねー」
二人して申し合わせたように
「ねー」を連発しながら私を見ます。
娘はどうやら、私に嫉妬させたいようです。
そうに違いありません。
そして・・・
「お風呂入るよー」
「ママとはいる」
まあ、そういう気分の時もあるのでしょう。
明日はきっと一緒に入りたがるに違いありません。
就寝・・・
「ママとねんねしゅるー」
「とうちゃんはあっち」
「とうちゃんはおじさんです」
「お~じ~さ~ん」
「あっちいけ」
寝るまでに浴びせられる数々の罵声。
しかし娘は楽しそう。
そう、きっと楽しいに違いありません。
翌朝・・・
「じゃあ父ちゃん行ってくるよ」
娘「でんわ持った?」
私「持った!」
娘「かぎ持った?」
私「持った!」
娘「かさ持った?」
私「今日は雨降らないよ」
娘「きょうふる!」
私「はい!持っていきます(ぜったい降らないけど…)
じゃあね、いってきます」
娘「いてらっしゃ~い。
きょおてけてね~(気をつけてね)」
今日もご機嫌です、、、、
ええ、わたしが、、、
年頃になって嫌われるまでは、
一所懸命かわいがろうと思いました。
帰宅・・・
「顔は近づけないでね」
娘(3才)に言われました。
さらに、
「見るだけにしてね」
妻は大喜びです。
帰宅して早々、厳しい一言。
きっと愛情の裏返しなのでしょう。
食後・・・
いつのまにか、娘は妻の膝の上で楽しそう。
「ねー」
二人して申し合わせたように
「ねー」を連発しながら私を見ます。
娘はどうやら、私に嫉妬させたいようです。
そうに違いありません。
そして・・・
「お風呂入るよー」
「ママとはいる」
まあ、そういう気分の時もあるのでしょう。
明日はきっと一緒に入りたがるに違いありません。
就寝・・・
「ママとねんねしゅるー」
「とうちゃんはあっち」
「とうちゃんはおじさんです」
「お~じ~さ~ん」
「あっちいけ」
寝るまでに浴びせられる数々の罵声。
しかし娘は楽しそう。
そう、きっと楽しいに違いありません。
翌朝・・・
「じゃあ父ちゃん行ってくるよ」
娘「でんわ持った?」
私「持った!」
娘「かぎ持った?」
私「持った!」
娘「かさ持った?」
私「今日は雨降らないよ」
娘「きょうふる!」
私「はい!持っていきます(ぜったい降らないけど…)
じゃあね、いってきます」
娘「いてらっしゃ~い。
きょおてけてね~(気をつけてね)」
今日もご機嫌です、、、、
ええ、わたしが、、、
登録:
投稿 (Atom)
お問い合わせ
最新の投稿
『大衆運動』エリック・ホッファー 『一揆論』松永伍一
『大衆運動』エリック・ホッファー 新訳が出るとのこと。読みたいですね。この時代に新訳が出るのは意義深いと思います。 ホッファーはなぜ人々が集まって社会運動をするのか? という単純な疑問から人間の性質や来し方行く末を思索する。 一つ一つの論考が短めに完結していて、含蓄満載なので読...
人気のある投稿
-
【1.二つのチカラ】 跳躍は二種類の動作が合成されることで成り立っています。 ひとつは跳ねる運動であり、 もうひとつは貫く運動と言えます、、、、 ずい分久しぶりの更新となってしまいました。すいません。 くわえて気軽に読める内容でもありません。しかも長いです。かさねがさね、、...
-
名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ 「椰子(やし)の実」島崎藤村 全文 (C) BONGURI 娘を寝かしつけながらよく歌います。 童謡ではありますが、この歌は不安にあふれ、言葉も難しく、童謡にあるまじき童謡です。 うろ覚えながらも娘は途中まで一緒に歌うのですが、一...
-
『大衆運動』エリック・ホッファー 新訳が出るとのこと。読みたいですね。この時代に新訳が出るのは意義深いと思います。 ホッファーはなぜ人々が集まって社会運動をするのか? という単純な疑問から人間の性質や来し方行く末を思索する。 一つ一つの論考が短めに完結していて、含蓄満載なので読...
