2013年2月21日木曜日

今更紅白の話

今更ですが、昨年末の紅白の話。
今回はひとつ楽しみがありました。
美輪明宏さんです。
紅白に出るのも驚きですが、70も後半となり、歌えるのだろうか?
と気にかかったのです。
昔、ジャンジャンで観た感動を覚えていたものですから、、、


ジャンジャンは昔渋谷にあった小劇場で、
美輪明宏をはじめ、淡谷のり子、イッセー尾形、永六輔、絶叫短歌の福島泰樹さんなど、コアなファンが多い方たちが出演されていました。今調べてみると、三味線の高橋竹山も出ていたんですね。
恐るべし、ジャンジャン。
しかし惜しまれながらも2000年に閉鎖されました。


一度は生で聞かないと、、
そんなことを思い、15年くらい前に観に行きました。
想像以上の迫力に圧倒され、美輪さんの数々のエピソードを納得したのでした。

銀巴里時代、客を呼ぶために地下鉄ホームから歌いながら銀巴里に通ったというのです。
道すがら魅せられた人たちは銀巴里に到着するわけです。
誰がそんなことを出来るでしょう。力強いエピソードです。


そんな思い出があるものですから、衰えた歌を聞くのが怖かったんですね。
しかし結果は予想以上。またしてもいい方に裏切られました。
30そこそこで歌えなくなる歌手が多い中、
スポットライト一本で魅せてしまうのですから、いまだに本物の歌い手ですね。

体を使って仕事をしている人間としても、大変な励みであり、手本とさせてもらいました。

ネットで調べてみると、同様に感動した人が多いようです。
うれしいですね。

2013年1月25日金曜日

布団の干し方

冬の夜に暖かな布団。
一日の疲れを癒してくれます。

昼間、陽射しを吸い込んだ布団の快適さは誰もが知るところです。
しかし乾きすぎた布団が負担に感じることもあります。
今日はそんなお話。


冬の乾燥に疲れを感じたことはあるでしょうか?

・乾いた空気がのどに苦しく感じる。
・肺に吸い込むと気管がむせるように感じる。
・手足はもとより、体から水分が逃げていくようで、肌が心地よくない。

いろいろあると思います。

雪や雨が降った後などはそうでもないのですが、
晴天が続いて空気が乾燥しきっている時などは、
干した布団が乾きすぎて今ひとつ心地よくないことがあります。

綿の布団はそこまで乾くことが少ないのですが、
羽毛や毛、化繊などは極端に乾くことがあります。
そんな時は布団を干しても早めにしまうほうが無難です。
あるいはもう一度押入れにしまって戸をしめるのも手です。

同様の理由で、フリースなども苦しいことがあります。
フリース素材のパジャマを使っている人は多いと思いますが、体調の悪い時は体に受ける感じを見なおしてみましょう。
風邪など引いた時はなおさら、敏感に感じるはずです。


乾燥がつらく感じない人。
それは元気な人です。
あるいは体調がよい時期です。

そんな時は少々のことを気にする必要はありません。
あくまでも不調な時の対策の一つとして記しました。

2012年11月4日日曜日

痛みと回復

神経性疼(とう)痛の治療に用いられている医療用大麻などの投与は、もしかすると痛みの緩和と引き換えに軸索再生の機会を奪っているのかもしれない
2012年10月22日「神経再生には“痛み”も必要!?」 サイエンスポータル編集ニュース 科学技術 全て伝えます サイエンスポータル / SciencePortalより

整体をするものとしては興味深い研究です。
この研究は神経再生に関するものですが、他の場合も言えるのではないかと思っております。


痛いところには気が集まります。“気”という言葉が受け入れがたいなら「意識が集まる」と言い換えても結構です。意識が集まれば、そこの働きが高まるように感じませんか。

“痛み”というのは誰にとっても不快かもしれませんが、回復に向かう体の働きと思えば少しは感じ方が変わることでしょう。
お腹が痛い、怪我が痛い、腰が痛い、いろいろありますが、何も感じないほうが怖いと思います。悪いところは痛いのが正常だからです。

実際にひどく悪いところは麻痺していることがあります。痛みを感じないのです。
体を診ていく中で「よくこれで痛くないなぁ」と思うことがあります。だから体が整うにつれて痛くなってくることがあります。やがてその痛みも消える頃に、以前よりも体が動けるようになっております。これも回復への道筋なのです。

こういうことを見ていると、痛みというのが体にとって必要なものだと思うようになってきます。風邪をひいた時に痛いところが出てくるのも、弱いところを自覚させられているように思えてくるのです。

どうでしょう、痛みについて少し見なおしてみませんか。

だからといっていつも痛みに耐え続けるよう指導するわけではありません。
日常生活がままならないこともあるからです。また回復に時間が掛かり過ぎる場合にも、痛み止めは有効と思います。

2012年10月22日月曜日

だっことおんぶの知恵くらべ

「だっこ!」と甘える娘にも、
年を重ねるごとに知恵がついてきます。
今日はそんなお話。


2~3才
道を歩いていると、娘が立ちふさがり黙ってもろ手を上げる。
だっこしろ、の合図です、、、

そもそも抱きぐせを警戒しない私なので 
「だっこはしません」などという教育方針はありません。
しかしそれでも時々あえてやらないこともありました。

歩く体力がついてくるに従い、時にはギリギリまで追い込んでみます。
辛いところから力を発揮することを覚えて欲しいんですね。
限度を超えないようにするのが大事なところです。

いつも無条件にだっこなのに、、、
と娘も考えるのです。
「だっこ!」と言っても相手にしてもらえない。
それじゃあ、と娘は黙ってもろ手を上げるのでした。

私「ん?そうかそうか」
などと聞き入れたような、そうでもないような、なんとも分からない返事をしながらやり過ごす。
すると更に訴えるように手を上げて主張します。

私「何だぁあれは?」
などとあらぬ方へ注意をそらして、再びやり過ごす。

そんなことを繰り返しているうちに結構な距離を歩き、娘も他に気を取られることが出来たりして、しばし“だっこ”を忘れるのでした。

4才
だんだん誤魔化しが利かなくなってきました。
気をそらしても、しっかり思い出すのです。
そして娘も私をごまかそうとするのでした。

娘「なんにもしないからすわって!」
座ってみると娘が飛びついてきます。

わざと騙されてだっこやおんぶをされる、という予定調和なゲームですが、娘は毎回嬉々として繰り返すのでした。
おかげで疲れていても結構復活します。

しまいには朦朧としながら
「なんにもしないから、、、、」
と繰り返す娘の電池が徐々に切れていく様は面白くもあり、
全力を尽くす姿を大人に思い出させてくれるものでもあります。

マンネリになる頃、私もひと味加えました。
「父ちゃんはねえ、もう分かっちゃったんだよ。
ゆうこ(仮)の『なんにもしないから』は、何かするっていうことなんだよ」
少しゆっくりしゃべります。

娘はそのツッコミで更に燃え上がり、飽きることなく繰り返すのでした。
私もたまには騙されながら、ゲームを遊ぶのでした。

5才
相変わらず“なんにもしないから”がお気に入り。
私はもうひと味加えてみようと思いました。
「ゆうこ(仮)もそういう“知恵”を使うようになったんだねぇ」
やっぱりゆっくりしゃべります。

娘(知恵??)
なんだか分からないけど、いいことを言われたような気になった娘は
「ゆうこも“知恵”をつかうようになったんだよ」
と自画自賛モードに入ります。

6才
いつの間にか“知恵”の意味を理解し始めた娘は、嬉々として策を巡らすのでした。

娘「あれ?父ちゃん服にシワがついてるよ」
立ち止まって背中を見やすいようにと中腰になったところで、飛びつかれました。

(してやったり!)という娘と
(やられた!)という私、

道行く人はどう思うのか知りませんが、娘もずい分考えるようになったな、と親ばかにも思うのでした。

私の動線をなんとなく誘導して、娘がちょっと高いところに上がった時など即警戒です。
(飛びつこう!)という息づかいが聞こえるようです。
狩りの練習を始めたチーターの仔か!と心の中で長いツッコミを入れるのでした。


ちなみにこうやって優秀な子を育てよう、という話ではありませんのでご注意を。

2012年9月13日木曜日

出た出た、虹が、、、

  激しい雷雨が過ぎ去り
  空が遅い夕焼けに染まっていた、、、

  二階から妻がドタドタと下りてきた
  居間に入ってくるなり

  「虹、虹が出てる」

ガラガラと雨戸を開ける彼女、
(暑いので日中も雨戸を半分閉めているのです)

見上げれば、淡い虹がわずかな弧を描いております。
あんまり薄いので娘はなかなか見つけられない様子、
部屋の明かりを消したところ、やっと見つかったようです。

しかしそれもつかの間、みるみる虹は空に溶けていったのでした。


妻は虹を喜びます。
無口で感情の起伏があまり、いやほとんどないかのような彼女ですが、不思議とああいう虹みたいなものには興奮するようです。

彼女よりは感情に波がある私ですが、彼女ほど虹に魅せられることはありません。

人の感受性とは様々です。


以前彼女に、
「あんたみたいなのは、上が抜けているところに行くと快感なんだ」
と言いましたら、

「そうそう、高い樹の下で梢を見上げた時、葉っぱの隙間から木漏れ日がこぼれてたりすると、すごい気持ちがいいのよねぇ、、、」
そう言ったまま、遠い目になってしまいました。

(あなたに浮世はないのか)と、
彼女より現実的な私は思うわけです。

そんなわれわれの夫婦喧嘩は大体決まっていて、
とにかく似たような顛末をたどります。


  まず片方が
  「それじゃあ解決につながらないだろう」
  みたいなことを言う。

  するともう片方が
  「はあ?意味が分からない」
  と口には出さないが、そんな顔をする。

  片方はそれを見て、さらに怒り出す。
  「!!!・・・・・・!!!・・・・・・・・・・!!!」
  さっきよりも多く喋っているけれど、
  内容は変わらない。

  するともう片方が
  「???、、、、、、」
  さらに口をつぐんで、つぐんだまま怒り出し、
  そしてよそ見を決め込んでしまう、、、



そして、

そして、そして、

虹はきれいだな、というお話でした。

2012年8月20日月曜日

暑さひとしお 肋間神経痛

暑い日が続いております。
お盆前に「あれ?」
と思うほどの過ごしやすい日があったせいで、

夏も下り坂かな?
そろそろヒグラシが心地よく聞こえる頃かな?

などと期待に心ときめかせましたが
それは儚い片思いだったようで、
しっかり暑い夏が戻って参りました。

一体いつからこんなに暑くなったのか?
と記憶を辿れば、
十数年かな?
と思うのですが如何でしょう?

はっきりしない記憶ですが、
少なくとも30年前、
子供の頃に30度を超える日はそんなになかったはずです。

暑さという“快”も過ぎれば“不快”となります。
身も心も開放的になれるはずの“夏”ですが、
暑さに身も心も固まることがあります。

風呂に入るとよく分かりますが、
熱すぎれば力が入ります。

外気温も暑すぎれば、
身を守るために力がはいるのです。
それが元に戻らないと諸々の症状を引き起こします。

むくんだり、動悸がしたり、肩が痛くなったり、
肋間神経痛なんていうのもよくあります。
暑くて肋骨が硬直してくるのです。

整体体操を体で覚えている人は、
腕を使って肋骨を緩めていくのが一番簡単な方法です。
そのあとで蒸しタオルを併用すれば、尚効果的です。
体操を知らなくても、蒸しタオルである程度緩んできます。


まだ当分暑さが続きそうですが、
みなさま、ご自愛下さいませ。

2012年7月30日月曜日

富安陽子さんのやまんばシリーズ

なんとも爽快な“やまんばシリーズ”です。
普通“やまんばもの”といえば
“怖い”“妖しい”“恐ろしい”ものですが、

このやまんばシリーズは極めて陽気で爽快です。
子育てに疲れたお母さんにもオススメです。
一緒に読んでみてはいかがでしょうか?



「どんぐり山のやまんばあさん」というシリーズ最初の作品を紹介します。

やまんばあさんは296才
長らく人里に降りたことがありません。
山で妖術修行をしているわけでもありません。

極めて動物的に過ごしております。
飛んでも跳ねても野生動物のごとし、
いえ、さらに上をいってます。

そのダイナミックさはファンタジーではあるのですが、やまんばあさんの天真爛漫さがていねいに描かれているせいか、リアリティがあり、物語を生命力あふれるものにしてくれます。


ある時、やまんばあさんは恩返しをしたいと思い立ちます。

 誰かに恩返しをする
 最上級のもてなしをする
 互いに喜びで包まれる
 そんな至福の時間

やまんばあさんはその光景を想像して
ワクワク、ドキドキしてきます。
(このあたりのくだりが巧みで笑えます)

しかしはたと気付きます。
恩を返すには、先に恩を受けなくてはならないのです。

やまんばあさんは自ら雪に埋もれます。
そうやって誰かに助けてもらおうとするのです。

 御年296才
 ギラギラと発する生命力
 ザンバラ髪の怪異な容貌
 雪に埋もれ、
 顔だけ出して、
 通りを睨めるように見つめている

さて、誰か助けてくれるでしょうか?


破天荒な行動に、長靴下のピッピを思い出す人もいるかもしれません。
ピッピと違うのは、ピッピの舞台は文明社会ですが、やまんばあさんは里山付近が舞台となってるところでしょうか。

暑い日々が続いておりますが、
読後の爽快さを求めて、
こんな児童文学はいかがでしょう。

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