2012年5月20日日曜日

伝説の迷路


この本、面白いです。
親子で楽しんでます。

タイトルは迷路となっていますが、
隠し絵が入ってるのが面白いんです。

各ページに10以上あるので、
結構時間がかかります。
結果、迷路はほとんどやってません。

隠し絵というのは、
なぜ見つけると嬉しいんでしょう?
写真に隠れてたら、
心霊写真なんでしょうが、
人が描いた絵なら怖くはありません。


隠し絵を探す時、
普通どうするのでしょう?

私は全体をぼやっと見て、
違和感のあるところを探します。

ところがこのやり方だと、
自然物に隠されているものは(例えば森)
見つけやすいのですが、
人工物に隠されているものは(例えばビル)
見つけづらいのです。
これは発見でした。

整体に来た小学二年の男の子は、
本をソファに置き、
立ち上がって俯瞰してました。

幼い割に物事を俯瞰的に見れる子です。
この子の感受性の方向が現れていて、
興味深かったです。

娘はどうやって探しているのか?
今のところ分かりませんが、
分からないと、顔を近づけるのが特徴です。


この迷路シリーズ、
何冊も出ていまして、
一つずつ読んでいます。

四冊読んだ中では、
伝説の迷路がダントツ面白かったです。
小さい子のいる方なら、
親子で楽しめるかと思います。

2012年4月19日木曜日

塩の道

塩が貴重だった時代があった

海から内陸へ
 そして山間部へ
  かつて塩が運ばれていった



塩の道は最近、歴史遺産として顧みられ、
観光資源として一部区間では積極的に整備・保存されているようです。

塩にあふれる現在では知る由もない塩のありがたさ、
踏みしめられてきた道々には遺っているのかもしれません。

生活習慣病の大きな原因とされていることもあり、
減塩は健康的と思われがちです。
中にはほぼ摂らない人達もいるようで、
極端じゃないか?とよく思います。

野生動物が塩を必要としない、という根拠を上げる人もいるようですが、
そんなことはありません。

山羊は塩を欲しますし(例えばココ)、牛も同様です。肉食動物は肉に含まれる塩分で足りているという話ですが、詳しくは分かりません。
面白いのは、アリでも塩を欲しがるのです(アリの実験では、内陸部のアリは塩に対して高い感受性を示す)。


「塩と水があれば、人は一ヶ月くらい生きられる」
と聞いたことがあると思います。

水は分かるけど、塩がそんなに必要か?
確か三大栄養素は「炭水化物・タンパク質・脂質」だったはず。
素朴な疑問が生じます。

なぜ塩か?
答えは簡単、三大栄養素は体に備蓄されているけれど、
塩や水は常に排泄と吸収を繰り返しているからです。

海に生きるもの、川に生きるもの、陸に生きるもの、
みなそれぞれ塩分と水分は代謝に使われ、
そのバランスは排泄と吸収で保っております。

水の中で生きる動物でも、海と淡水では条件が違います。
塩分濃度が違うため、ほとんどの動物が行き来できません。

陸に生きるものの中では、ヒトの塩分事情だけが特殊です。
汗で塩分を大量に捨ててしまうからです。
人間はおそらく最も塩分を必要とする動物ではないでしょうか。

汗をかかなくなった現代では、過剰な塩分は確かに有害なのかな?
と思うこともあります。
しかしながらわれわれの中にある塩の道は、悠久の時を経た財産です。

わざわざ流通を止めて
草茫々の荒地に帰してしまうよりは、
十分使うことで、
踏みしめられた現役の道として
活用されて行ってはいかがでしょうか。

2012年3月16日金曜日

なかま意識の芽生え

いつものように役に立たない子育て記です。

姪たちに「おじ」と呼ばれております。
みんなが集まると、娘は私のことを「おじ」と呼びます。

幼いながらも、いや幼いがゆえなのか、
年上の姪たちと気持ちを共有するのが楽しいようです。



わたしも姪たちと遊んだりしますが、
遊ばない時もあります。

そのため、遊ばない時は
「おじ!なんで遊んでくれないんだ」と怒られます。

子供は子供世界のルールで遊び、
それなりの自治能力を身につけたほうがいい、
という教育者のようなことを思って遊ばない面もあるのですが、
そんなことは許してくれません。

次第に高圧的になります。
「おじ大嫌い!」
「おじは嫌われ者!!」
「おじはみ~んなのキラワレモノ!!!」

四人で大合唱です。
もちろん娘も混じってます。
というか一番喜んでます。


後日、、、
患者さんに娘が話しかけてました。
「あのね、あのね、おじはみんなの嫌われ者なんだよ」
「おじってだあれ?」
「とうちゃんのこと」
「・・・」


どうして楽しそうなのか?
どうして自慢気なのか?

少々謎が残りますが、
幼い心に芽生えた仲間意識は、
共通の敵を持つことで、
拍車がかかるようでした。

2012年2月15日水曜日

春の体

春のきざしが感じられたのもつかの間、
ふたたび冬の寒さが訪れました。

それでも私は寒暖激しくなる中に、春の訪れを思います。
体も少しずつ春の準備をしているようで、
風邪に入る人も増えております。


自然界の動物であれば、
季節に順応していくことが求められます。

人間は人工的に環境を一定の範囲におさめて生活しておりますが、
自然界の住人であることに変わりありません。
季節への順応は同じように求められているのです。

冬に蓄えられた脂肪を落とし始めたり、
徐々に緩んでいく体と、
緩みにくいところと、
せめぎあいを始めるのです。

せめぎあいは熱となり、風邪と呼ばれたり、
くしゃみとなり、花粉症と呼ばれたりしますが、
整体ではいずれも季節への順応として、
体の自然な働きととらえます。

昆虫の脱皮や蝶の羽化は季節を間違えるわけには行きません。
人間に脱皮はありませんが、
季節への順応は、脱皮にも似て、あるいは羽化するように、
ヒトの自然を思い出させてくれるかもしれません。

整体の考え方は変わっているかもしれませんが、
春の変化を少し楽しめるようなら、
整体生活の入り口に立っているのかもしれません。

2012年1月21日土曜日

寒い日の二冊~その2



世界のトップクライマー山野井泰史・妙子夫妻のギャチュンカン登頂を描いたノンフィクションです。

山野井氏の本ですから、
当然クライミングの話と普通思うわけですが、
実にそのとおりです。



ところが私は沢木耕太郎氏が書かれているので、山野井氏の日常や生い立ち、山への思いなど、山以外での山野井氏が描かれているものと思っていたのでした。
十年くらい前までは沢木氏の作品をほとんど読んでいたので、登頂という本番よりも、それを支えている生活に焦点が置かれていると思ったんです。なにしろ沢木氏にはそういう作品が多いのです。そしてそこが魅力なのです。

なのでこの本では裏切られたのですが、結局惹き込まれたのでした。

「凍(とう)」というタイトル通り、凍てつく寒さに包まれます。
遭難寸前の中、ギリギリの選択をしていく山野井氏。
世界最高峰のクライマーということは知っていたので、なおさらその状況の過酷さを思わされます。


雪壁でほとんど吊られたままのビバーグ、
火をおこして水を作ることも出来ず、氷をひと欠片口にします。氷を溶かすほうが消耗すると言われておりますが、たとえ冷たい水でも水分になるものを取るほうが大事と思ったそうです。

テントもないままでのビバーグ、
寒さに震えが起こる、その震えを「生きる力」の証と思おうとします。
「眠ったら死ぬかもしれない」そう思いながらも、諦めれば死ぬ、諦めなければ死なない、そう考えます。そして眠りに落ち、夜が明け、目覚めるのです。


少し重い、と感じるかもしれませんが、生命力あふれるノンフィクションです。
興味のある方は読まれてみてください。

「寒い日の読みたい2冊」でした。

寒い日の二冊~その1

凍てつく空気感と生命力
そんな二冊をご紹介します。


寒い日が続いております。
凍てつく、、、と表現するには千葉県の冬はまだ生易しいでしょうが、
そんな気になることもあります。


その凍るような空気の感触が、
なぜか心地よくなることがあります。

雪に心躍らせるような童心はすでに彼方のことですが、
寒さで顔がカチリと硬直してくると、
―今年もこういう日がやってきた。
そう思うのです。

寒くて体の中が燃え上がるのかもしれません。


 

カキーンと空気が凍るような晩、
布団に潜りながら子供に読み聞かせていると、
心は北海道の山の中に連れ出されていきます。

そういえば去年もそう思いながら読みました。
好きな絵本です。

表紙の絵、
きたきつねが何かを見つけた瞬間です。
この顔がいいですね。
きたきつねの見たものに空想が巡ります。

読む前は大味に感じた版画でしたが、
読んでいるうちに、大味が躍動感に変わり、
素敵な作家だなと、最終的に思ったのでした。

他の作品もいくつか読んでみましたが、
この作品が今のところ一番です。

寒い日に読んでみたい一冊でした。

2011年12月18日日曜日

何回噛むのが健康的か?

100回噛めば、万病に効く!

と誇大広告的にやったほうが、受けも良くて回答もすっきりするのですが、
整体的な回答は、

人によるし、体調にもよる。

という大人しいものになります。


沢山噛めば、なるほど胃腸の助けにはなりますが、
胃腸の仕事を奪うことにもなります。
健康な状態であれば、ことさらに噛んで元気な胃腸を怠けさせる必要はありません。

そもそもヒトの歯は牛や馬のように植物を丹念にすり潰すようには出来ておりませんし、
象のようにすり減った歯が新しい歯に交代してくれるわけでもありません。

ネコや犬を見れば分かるように、肉食の動物はほとんど噛みません。
肉に関して言えば、消化にはそれほど労力はかからないことが分かると思います。

雑食性の我々人間は、よく噛むことも噛まないことも、どちらもありなのです。


誰しも腹が減っている時、ゆっくり噛んでいる余裕はありません。
胃袋が活発に蠕動し、胃酸がどんどん出ている時には、どんどん食べたほうが理にかなっているとは思いませんか?
体の要求を感じる時は、従うのが無難です。


歯ごたえが心地よい時もあります。
お米の甘さが美味しい時があります。
そんな時はよく噛んだらいいと思います。


胃腸の働きを助けて、食べたものの全てを吸収する必要はありません。
体に必要なものを、必要な量吸収するのが正常な体です。
たとえ栄養素であっても、不要であれば排泄するのが正常です。
現代社会では、吸収よりもむしろ上手く捨てる能力のほうが重要と言えるのです。


話が飛びましたが、噛むことについてもう少し自由に考えては如何でしょうか?

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