2012年1月21日土曜日

寒い日の二冊~その1

凍てつく空気感と生命力
そんな二冊をご紹介します。


寒い日が続いております。
凍てつく、、、と表現するには千葉県の冬はまだ生易しいでしょうが、
そんな気になることもあります。


その凍るような空気の感触が、
なぜか心地よくなることがあります。

雪に心躍らせるような童心はすでに彼方のことですが、
寒さで顔がカチリと硬直してくると、
―今年もこういう日がやってきた。
そう思うのです。

寒くて体の中が燃え上がるのかもしれません。


 

カキーンと空気が凍るような晩、
布団に潜りながら子供に読み聞かせていると、
心は北海道の山の中に連れ出されていきます。

そういえば去年もそう思いながら読みました。
好きな絵本です。

表紙の絵、
きたきつねが何かを見つけた瞬間です。
この顔がいいですね。
きたきつねの見たものに空想が巡ります。

読む前は大味に感じた版画でしたが、
読んでいるうちに、大味が躍動感に変わり、
素敵な作家だなと、最終的に思ったのでした。

他の作品もいくつか読んでみましたが、
この作品が今のところ一番です。

寒い日に読んでみたい一冊でした。

2011年12月18日日曜日

何回噛むのが健康的か?

100回噛めば、万病に効く!

と誇大広告的にやったほうが、受けも良くて回答もすっきりするのですが、
整体的な回答は、

人によるし、体調にもよる。

という大人しいものになります。


沢山噛めば、なるほど胃腸の助けにはなりますが、
胃腸の仕事を奪うことにもなります。
健康な状態であれば、ことさらに噛んで元気な胃腸を怠けさせる必要はありません。

そもそもヒトの歯は牛や馬のように植物を丹念にすり潰すようには出来ておりませんし、
象のようにすり減った歯が新しい歯に交代してくれるわけでもありません。

ネコや犬を見れば分かるように、肉食の動物はほとんど噛みません。
肉に関して言えば、消化にはそれほど労力はかからないことが分かると思います。

雑食性の我々人間は、よく噛むことも噛まないことも、どちらもありなのです。


誰しも腹が減っている時、ゆっくり噛んでいる余裕はありません。
胃袋が活発に蠕動し、胃酸がどんどん出ている時には、どんどん食べたほうが理にかなっているとは思いませんか?
体の要求を感じる時は、従うのが無難です。


歯ごたえが心地よい時もあります。
お米の甘さが美味しい時があります。
そんな時はよく噛んだらいいと思います。


胃腸の働きを助けて、食べたものの全てを吸収する必要はありません。
体に必要なものを、必要な量吸収するのが正常な体です。
たとえ栄養素であっても、不要であれば排泄するのが正常です。
現代社会では、吸収よりもむしろ上手く捨てる能力のほうが重要と言えるのです。


話が飛びましたが、噛むことについてもう少し自由に考えては如何でしょうか?

2011年11月19日土曜日

川畠成道 耳を澄ませば世界は広がる




まだ福岡で講師をしていた頃の話。

彼地で整体体操教室を開いた帰り道、
生徒の車でホテルへ送っていただきました。

よもやま話に花を咲かせていたはずが、
後ろで流れる音楽に魅了され、話がだんだん上の空になっていました。

「チェロですか?」と私
「バイオリンです」と生徒
それが川畠成道さんでした。
数カ月後、講師退任の日にその生徒さんからCDを頂きました。
覚えていてくれたことが嬉しかったですね。


トロイメライ
帰ってから操法室で掛けてみました。

「!!」
目が開いた思いでした。

「呼吸なんだ」
そう思ったのです。

整体を創り上げた野口晴哉氏が、
チェロのカザルスを心の師とした理由がこの時よく分かりました。


久しく聞いていなかったのですが、
先月福岡セミナーの休憩時間に掛かっていたのと、
ちょっと前に本屋で新書を見かけて心に引っかかっていたので、
読んでみました。

これがとても面白い本でした。
技術を深めるプロセスやその考え方。
そんな話がそこかしこに登場します。
再び川畠氏に刺激をもらいました。

冒頭の「心の声」、少し引用させていただいて終わりたいと思います。
 今の社会では、「自分を表現する」ということが随分と容易になったように思います。(略)けれども、容易になった分、それらが本当に表現したいものとして発せられたものなのかということになると、実際のところ、どこまで意識されているでしょうか。
 私は、何かを表現する時に「聞く」という行為は欠かせないものだと思っています。(略)ひとつには自分自身を聞くこと、また他人の意見を聞くということや外から入ってくる情報を聞くということではないかと考えています。
 (略)常に自分自身に耳を傾けて、本当に表現したいものはなんなのかということを問いかけていく。つまり、自分の心の中の声を聞くのです。(略)
 自分の声、といっても色々あります。様々な選択肢がある中で自分はどうしたいのか、迷うこともあります。耳を傾けたからといって、すぐに答えが返ってくるとは限りません。(略)
 それでも自分の心の中に常に耳を傾けていく、その繰り返しでしか、結局答えは見つからないのだと思っています。表現すべきものは、他の何者でもない、自分自身にあるのですから。

2011年10月28日金曜日

良い枕とは?

「どんな枕がいいんでしょうか?」
「先日、オーダーメイドの枕を購入しまして、、、」

特におすすめする枕もないので、そのまま少し話を聞いたりします。

・よく眠れてない気がする
・寝入るまで時間がかかる
・昼間眠くなる
・朝、起きられない

などなど、真意は

「眠りが上手くいってない」
「もっとぐっすり眠りたい」

そういうことなのでしょう。

何か道具を揃えればもっとぐっすり眠れるのでは?
そういう期待をいだくようです。

整体の立場としては、自分の体を変えていくことを優先して考えています。

具体的には、

・体が緩みにくくなっている
・頭の緊張が抜けない
・肺に負担がかかっている

といった原因を考えます。
そして体を観て操法し、相応の体操などを教えています。

”良い枕”については、追い求めればキリがありません。
寝心地の良い枕もありますが、人にもよりますし、体調にもよるからです。

頭が疲れてくれば高い枕が心地よく、呼吸器が疲れればうつ伏せ寝に安心し、御行儀よくと思い仰向けに寝ようにも、食べ過ぎれば仰向けに寝るなんて苦しくて出来ません。

すべての状況に合わすには、枕元に枕をたくさん用意しなくてはなりません。

例え疲労していても
元気な時は寝ながらゴロゴロ動きまわり、体の硬直を解決させてます。
寝ながら体操なり、ストレッチをしているようなものです。
そういう体に変わるほうが理想です。

例えば高い枕が心地よい時でも、
寝ているうちに頭の疲労が解決すれば、
高い枕は無用の長物となり、
跳ね飛ばすなり自分がどくなりしてしまいます。


よく眠れる寝具は有用であっても、万能ではありません。
ほどほどで良いのではないでしょうか?

2011年10月13日木曜日

ヒトはなぜ病気になるのか

整体を学ぶうちに、病気に対する価値観が大きく変わっていきます。
病名や症状よりも、体の状態を見るからです。
風邪などはその最たるもので、ひとつの破壊と、建設へのプロセスを見定めていくことに集注します。

そこで重要になるのはその人のもっている体力となるため、普段から体力を養う方向へ整体操法を行なっていきます。




「ヒトはなぜ病気になるのか」
そんな素朴な問いをテーマに書かれている本があります。

生物学出身の著者は、正常と異常という二項対立のレッテルづけに違和感を感じたといいます。
本書を読んでもその問いへの直接的な答えは見つかりません。
語られているのは生物学や人類学のことがほとんどだからです。

しかし生物学や人類学的見地から病気を見つめた時、
病気が少し違ったものに見えてきたならば、
生きていることに新たな実感が持てるかもしれません。

2011年9月8日木曜日

【ひと言子育て】カニに指を…

先日、一族で出かけました。

姪たちとエレベーターに乗った時のことです。




姪(小1)「カニに指をはさまれないように…」

娘(年中)「どこにカニがいるんだろうね?」

おとなたち「!」


本物のカニの話をしているわけじゃないと分かりながらも、カニに注目してしまう姪、
カニが何かを象徴しているとは理解していない娘、
ドアに注意、というメッセージしか見ていない大人、

三者三様でした。

子供の世界を覗いたようで、面白かったですね。

2011年8月19日金曜日

動物園のヒト

年に何度か動物園に行きます。
よくある感想ですが、
「動物園にいる動物が可哀想」
と思うことがあります。
野生で生きている方が幸せに思うんですね。


しかしよく考えてみると、人間などその最たるものですね。
自分たちで作った檻の中で生活しているような不自由さを、ふと感じます。

野山に放り出されて生き続ける人など、ほとんどおりませんし、
サバイバルに長けていても、文明の道具無しでやっていける人となると極めてまれでしょう。
それでも私はこの社会の中で生きていこうと、よく思います。


整体は野山に放り出されて生きる術ではありませんが、文明の中で体の野生、、生きようとする力を発揮させる技術と言えます。
例えば、過分な治療が生きる力を弱くするなら、治療には度合いが必要と考えます。

しかし人の持てる力が存外大きいと思っても、その力に頼れる人は少ないのかもしれません。

そうやって安全な生活を確保してきたヒトですが、
文明の中でも生きる不自由さを感じるのですから、不思議なことです。

生きようという働きを活かさなければ、
生きている実感は失われるように思うのですが、いかがでしょうか?


・文明社会で生きていることを省みたくなった時に、、、
文庫版の新版

こっちは旧版、サイズが大きめなのでこちらのほうが楽しめます。

・体の力を発揮したいと思う人に、、、

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