2021年9月13日月曜日

人生という旅を生きる 串田孫一に寄せて

旅は歩くことではなくなってしまった。
自分を運ばせることになってしまった。

串田孫一『菫色の時間』

かつての旅はそうであったのだろう。
しかし現代ではその片鱗を想うのさえ難しい。


哲学者で随筆家で山歩きの人だった串田孫一(1915-2005)は、山と旅についてしばしば反省し、移ろいゆく世間に、内省の視座をあたえようとしていた。


 山という目的を一応別にして考えてみた時、私たちは、歩く旅というものを殆どしなくなっている。旅行をする人は汽車の時刻表をめくり、降りた駅からバスがどこまで入っているかを問い合せる。そして都合のいい時刻を選び、途中であまり長い待ち合せ時間があれば、そこへ行くことを中止する。

 旅は歩くことではなくなってしまった。自分を運ばせることになってしまった。むしろ汽車に乗り、時にはケーブルカーに乗り、すべて乗物を利用して見物をして廻ること、それが旅になってしまった。

 山へ登る目的は持たずに、街道を歩き、丘の裾を廻り、幾つもの部落を抜けて行くような旅をする人はなくなってしまった。


串田孫一『菫色の時間』1960 「山と旅」の項より

俗に「人生は旅」と言うが、
この「人生という旅」も、
かつてとは大きく変わってしまったように思える。

目的地まで「自分を運ばせること」が命題であり、
出来るだけ「速く遠く運ばせる」ことが関心事であり、
日々のならいは、
「より速くより遠くに自分を運ばせる道具」を「最も優れたもの」と、見なす方へと向かうばかりだ。

ようするに、
旅が歩くことでなくなったように、
人生は生きることではなくなってきている。

「目的地という幻想」に駆られて、
「生きているという瞬間」が切り離され、
到着したときには「生」のかけらしか残されていない。


「旅人」と言って、誰が思いつくであろう?
私の場合、松尾芭蕉、小林一茶、尾崎放哉、種田山頭火といった方々がまっ先に思いつく。
全部俳人ですね。私らしいところなのか、標準的なのか、ちょっとわからないが大きくはずれてはいないだろう。

「旅人」とはつまり、生を漂泊させる中で何らかの「応え」を知るものだろう。
それは「解答」といった響きよりも、「応答」「レスポンス」といったものだろうか。

あるいは漂泊の中で「発見」を得ることであろう。
それは「はじめて見つけた」という先着を競う行為ではなく、
なにごとかの中に「なにごとかを見い出す」慧眼の行為であろう。


串田が気づかせたかった内省の視座は、
残念ながら世間様の主流に流れ入ることはなく、
人類史は、
自らが設定した目的地へ向かおうとすることしか考えつかない人たちにリードを預けている。
それしか思いつかなくなっている人たちがそのリードを預けている・・・・・・


半年ほど前に読んだ『道を見つける力』も、人類の歩みが変わってしまったことを説いている。

先史時代の生き方を遺す人たちと現代人と、「道を見つける力」に圧倒的な差があり、それは脳の海馬の発達度合いを左右していると。

海馬の発達は人間らしさに繋がり、現代人は、、、より人間らしく文明を発達させた現代人は、、、海馬の発達が未熟となり、かえって人間らしさを失っていると。

そして著者は「人生という旅」にもなぞらえて考察している。



Googleマップで現在地のアイコンをタップすると、自分のいる場所をたちまち教えてくれる。
しかし教えられたからと言って、自分がその場所への理解を深められるわけではない。

営業成績を確認すれば、まわりとの相対的な位置がわかる。
進捗状況を確認すれば、到達度合やこの先の展望が読める。
預貯金の目標額がある人は、現在の預貯金額をいつも把握している。

それらが間違っているわけではないが、
それらが生活の主たるナビゲーションとなってしまった時、
どういうわけか、何割かの人々は、とても空虚な人生と感じ始める。

空虚と感じる人が正常なのか、
空虚を感じない人が正常なのか、
その答えはもう出ていると思うのだが・・・・・・







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