心地よい音というのがあります。
なにも楽器ばかりが音を奏でるわけではありません。
うるさい
その昔、釘を打つ仕事をアルバイト程度にしていたことがあります。その頃、現場の監督に言われたことで忘れられない一言があります。
「お前らの釘の音はうるさい」
というものです。
確かに自分でもそう思いましたが、どうすることも出来ません。
あれやこれや工夫してみるのですが、どうにもうるさい。
アルバイト程度とはいえ口惜しさがあり、
その監督や上手な先輩の釘音を、よくよく観察(聞察?)してみました。
それは
釘の音というより、木の音でした。
釘が木に吸い込まれるような心地よい音です。
体にきれいに響くのです。
音と音の間隔も心地よいものでした。
かたや私の釘音は、釘の頭が打たれる音でした。
それはそれは汚い音でした。
当然、間も悪いのでした。
(面白いもので、誰の釘音か?というのも結構分かるものです。人それぞれ体の使い方が現れるのですね)
暗闇二寸
「暗闇二寸」
なる言葉があるそうです。
確かなことは分かりませんが、歌舞伎の大道具の世界で使われるようです。
歌舞伎の舞台転換の時に、暗闇の中でより速やかに転換作業をするには、出来るだけ釘音を減らすそうです。
舞台装置を留める二寸釘。
暗闇の中で一発で打ち込む技量。
とっても色気のある言葉と感じます。
余談ですが、建設現場の騒音。
エアコンプレッサーで釘を打つ音に聞き覚えがあるでしょうか?
釘だけではありません。数々の機械で作業が行われております。
今更、昔の技術のみで…
などと言うほど懐古趣味は持ちませんし、現実的とも思いません。
しかし
失ったものの大きさを時に感じます。
騒音を数値換算して、何デシベルと測ることで基準が作られるようですが、釘音に技量を感じさせる手作業の時代には、どんなふうに対処していたのでしょう?
釘音は
建築現場の作業をリードする拍子になっていたのでは?
と個人的には想像します。
浸透
話は戻って、今度は整体の話。井本整体を学び始めてすぐに、
「浸透」
を教わりました。
手のひらや指から伝える力が、相手の中に浸透することです。
教わってすぐに出来るわけでもなく、
少し出来るようになっても、
何度も現れる課題です。
浸透しない技術に心地よさはなく、
押さえた表面だけが痛く感じたりします。
沢山の人と練習しているうちに、
そんな違いが分かるようになってきます。
もっとも鋭い人は最初からある程度出来ますし、
受け手として違いも分かるようで、
生きていく中で育まれる感受性に大きな差があることを実感します。
さて、釘音をうるさいと言われた私はやはり、
浸透という課題に人一倍取り組むことになったのでした。
時を経て、
今だったらどんな釘音になるだろう?
そう考えることがあります。
まるで変わってなかったらショックですね… ヾ(・・;)
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