2019年11月18日月曜日

磯谷整体 東京室物語 〜和可菜のころ〜 その1

東京でも整体をするようになって、早10年となります。
あるときふと思い、なんとなく調べ始めただけなのですが、いつの間にか本当になっておりました。

はじめに"和可菜"という味わい深い旅館へ憧憬を抱き、
人に話したところ、そのまま導かれるようにはじまり、
そして様々な縁に囲まれていたと気づかされた次第。
思い返せばまことに不思議な縁に恵まれていて、
ときどき人に話してはみたものの、
他人の縁の話というのは周辺事情の説明も必要であり、
全部説明すると冗長になりすぎるのでわかりにくい。
仕方なく途中をはしょって話してきましたが、はしょると縁の妙が伝わらない。

そうしたわけで冗長になりますが、個人的な東京室の物語です。よろしければおつきあいください。


千葉県は柏市で整体を開業し三年が経ったころ、ふと東京でも整体をするならば……、という空想をするようになりました。
山手線の西側からいらっしゃる方が数名おり、中にはつき添いとともに来室される方がいらっしゃったからです。

(一日くらいこちらが東京に行く日があってもいいかもしれない……)

当然ながら採算がとれる見込みがないため、あくまでも空想でした。
"東京 旅館 和室"といったキーワードで検索して、引っかかった情報に対してあれこれ想う楽しみにとどまっておりました。普通は貸しスペースのようなところを調べるのでしょうけれども、整体は基本的に床でないとできません。ホテルの中にある和室も検討しましたが、オートロックで閉まるような重い扉は女性を緊張させてしまうので、廊下と部屋がゆるく仕切られている状況が望ましいのです。
そうしたわけで検索キーワードは"旅館 和室"となりました。

和可菜は最初の方にヒットしました。もともと"東京 旅館 和室"は該当物件が少ないこともありますが、"ホン書き旅館"という称号で有名な旅館だったので記事が沢山ヒットしたのです。女将さんへのインタビューや"ホン書き旅館"に惹かれて泊まった方のブログなど、結構ありました。そしてこの"ホン書き旅館"なるワードが私をいたく刺激しました。私は昔から本が好きなのです。

作家がカンヅメになる旅館に違いない。
編集者に連れられてやってきて、
部屋の中とか、となりの部屋で見張られながら、
作品が仕上がるまで出してもらえない……。

御茶ノ水の「山の上ホテル」や「まんが道」にあった手塚治虫が頭をよぎります。もうなんか十代のころに夢想したモノ書きの姿を自分に重ねて陶酔しておりました。

もっと知りたい、、、
どうやら和可菜を描いたエッセイがあるらしい。
「神楽坂ホン書き旅館」
さっそく購入。

読んでみると、わたしの空想とはちょっと違ってました。"ホン書き"の"ホン"とは脚本のことだそうです。映画の脚本家がおもに利用していたことで、和可菜はその名を広め、のちに小説家も利用するようになり、なかでも野坂昭如さんはわたしの夢想したカンヅメ作家を体現していました。

連載を複数抱え、
別の部屋に各社の編集者がピリピリしながら控え、
作家はスキを見てこそっと抜け出す。

そういうあり方ですね。
ほかに感慨深かったのは、色川武大さんも利用されていたことでした。十代から二十代にかけて、別名の阿佐田哲也とともにほとんどの作品を読んでいたのです。のちにわたしが整体をするようになった部屋を利用されていました。

この文章を書くにあたって、和可菜についてあらためて本を読み直しました。目に止まったのが本田靖春「不当逮捕」、和可菜で書かれたようですね。最近、金子文子「何が私をこうさせたか」、ブレイディみかこ「おんなたちのテロル」などが面白かったので、今になってまた和可菜に感慨を覚えた次第です。

さて「東京で整体をしたい」という願望は、いつのまにかかつて憧れていた"モノ書き"願望へと昇華され、想いはかなり混沌となっておりました。

和可菜で整体をする自分は、
和可菜で仕事をする人であり、
和可菜で仕事をする人はつまり"モノ書き"である。

そんな三段論法にいつの間にか絡め取られて喜んでいる自分と知りながらも、和可菜で整体をすることと、モノ書き幻想が切り離せません。和可菜へのときめきが止まらない、そんな状態です。
(思い煩っているのも体に悪い。採算の見込みがなくてもとりあえず現地までは行ってみよう。)
ある日思い切って和可菜を訪ねました。

JR飯田橋駅を降り、大きなタマネギで有名な日本武道館とは反対方向の神楽坂方面へ、お堀を渡り、大食いチャレンジで昔から有名な神楽坂飯店を右に見ながら急な坂道へ、これまた有名な老舗の甘味処・紀の善を通り過ぎ、神楽坂のてっぺんへ、毘沙門天の向かいのビルとビルの間の路地、ひと一人分の巾しかないビルの間を抜ける、少しだけ広くなり、風情ある石畳の階段をくねりながら降りたら目に入ってくる格子戸、そこが和可菜でした。


ほんとに訪ねただけ。
見に行っただけ。
黒い塀、「和可菜」の文字、
なにもはまってない格子戸、
格子戸の先に窓が見える、部屋だろうか。
だれかいるのだろうか。
耳をそばだてる自分がいる。
知ってる作家さんがいたらどうしよう。
勝手にときめいてしまうが、もちろんどうもできません。

格子戸の左の方に玄関が見える。
予約しているわけでもない。
整体で借りたい、と交渉する段でもない。
ただもう思い入れしか持っていない。
和可菜にアプローチするなにものをも持たず、
ただ見るしかない。なんとももどかしい。
心を踊らせながらも、しばし立ち尽くして帰りました。


借りるようになってからわかりましたが、このあたりはガイドつきで散策している方がたくさんおられます。和可菜ももちろん観光スポットであり、門前で講釈を受けている人たちの姿をよく見ました。通りすがりの人でも和可菜の前で「ここは、、、、」とよくやっていました。
あの日の自分のように憧憬を懐く人、入ってみたくて佇んでいる人、そんなふうに見受けられる人もよく見かけました。

さて和可菜を訪ねて数週間。和可菜への思いは募ります。
そんなある日、Fさんに
「実は、これこれこんな旅館があって……。」
あふれる思いのまま話しておりました。

Fさんは井本整体福岡講座の生徒。わたしが彼の地で講師をしていた時の最後の年の生徒でした。たった一年しか指導できませんでしたが、Fさん姉妹はわたしが辞めてからもわたしを慕ってくださり、そのことがわたしをいつも勇気づけました。「辞めてからもそんなに慕われて幸せですね」と言われたことも一度ならずあったので、端からもそのように見えたのでしょう。
そうしたわけで、Fさんが井本整体東京本部に勉強に来られたときは、いつも会食しておりました。
和可菜への思いを話したのもそんな折です。どこに食べに行きましょうか、と話しているときにふと和可菜のことを話したのです。

「実は、和可菜という旅館があって……、整体をやってみたいんですよね。まあ、現状無理なんですけど……。」
するとFさんは、
「今から行きましょう。」
「!?」

なんと行動的な方でしょう。朝から一日中整体を学び、もう日も暮れてるというのに、これから電車に乗ってもうひとつ動きましょう、というのです。その心の自在さに魅了され、その行動力に圧倒され、当然ですよといった風情に絆(ほだ)され、神楽坂へと向かいました。

JR飯田橋駅を降り、大きなタマネギで有名な日本武道館とは反対方向の神楽坂方面へ………、
前に来たときと同じですね。
そしてまたしても、旅館の前で佇みました。今度は二人です。
「いいですねぇ」
「いいでしょう」
「いいですよねぇ」
月並みな会話を繰り返し、そのまま旅館を後にしました。
不思議なものです。他人と共有したことで、一人で夢想していたときよりも"和可菜"はリアルに迫ってくるのでした。

数日後。
Fさんからメールが届きました。
「次の特別講座(東京本部で年三回行われる集中講座のこと)のときに和可菜に泊まります。もう予約しました。妹も一緒です。」

またしてもFさんの行動力にやられました。そして、
「朝食が美味しいらしいので、先生も朝食だけ来られませんか?お願いしてみます。」

いつの間にか和可菜についてはFさんがリードする形になっていました。
「うかがいます。」
こうして朝食だけ和可菜体験することとあいなりました。

さて当日。
自宅を五時過ぎに出て、和可菜に六時半くらいだったでしょうか。わたしはおまけみたいなものですが、今度は晴れてお客さんです。
格子戸の向こうの部屋の窓が開いて、Fさんの妹さんが見えます。
覗き込むしかなかった格子戸を開け、石畳を数歩踏みしめ玄関へ。お二人が迎えに出てくれました。

薄暗い玄関はなんとも言えぬ懐かしさにあふれ、わたしを異空間へ誘うのでした。
朝食は玄関横の部屋。飾り気のない質素な雰囲気で、何色にでも染まりそうな空間でした。
そして朝食をいただいたわけですが、じつにほとんど覚えておりません。おいしかった、くらいは覚えておりますが、わたしはこのとき和可菜の空間に浸るばかりとなっておりました。

ぜひに会いたかった女将さんに会えなかったことが心残りとなりましたが、Fさんのおかげで和可菜はますますわたしの中で熟成されていくのでした。

(その2につづく)

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