2010年6月8日火曜日

きゅうり二個

先日友人と娘、三人で食事をしました。
友人との会話の合間に娘を見やると、
きゅうりの浅漬をしきりに食べておりました。

よく見ると厚めのきゅうりを箸で二個ずつつ、つかんでおりました。
どうも二個つかむのが気に入ってるようです。

突っ込んでみました。

「二個つかんでるよ」
娘はなにやら嬉しそう。

今度は注意してみました。
「一個にしなさい」
今度はムキになって二個つかんでおります。
もちろん得意顔です。

何度か同じ会話を繰り返しながら遊んでいると友人が、

「なんだソレ、なんかのネタか?」

センスのある友人にも不可解に見えたようです。
「ツッコミだ」
と答えましたが、
大人の会話の谷間で、ちょっと存在を認めたわけです。

もっとも私の遊びでもありまして、よくこんなことをやって遊んでおります。
たまに突っ込みすぎて
「嫌い!」
と言われてしまいます。



「ほら、見て見て」
帰宅した私に娘が言います。

なんのことか分かりません。
(ん?なにかいたのか?
   それともなんか買ってもらったのか?)

悩んでいる暇はありません。早く応えないといけません。
とりあえず状況をよく見てハズレなさそうな返事を返します。

「んん?自分でやったの!?」
・・・・

娘が喜びました。
(ヨカッタヨカッタ)


適当な返事をしているつもりはないのですが、
早く応えないと何を応えても充たされないこともあります。



門下生(内弟子)のころ、井本先生の気づかれること、ふと口に出されることに、子供のような喜びを覚えました。
それは小さなことであっても、認められる喜びでした。
そして整体を身につける上で大切な事でした。

整体をする上で、子供を育てる上で、
私の力は小さなものですが、
人の中で大きなものとして生きてくること、
そういうものを目指している気がします。

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