2008年6月13日金曜日

『不連続統一体』吉阪隆正 と背骨

不連続統一体を』 吉阪 隆正 著


もう十年位前、このタイトルを目にしたとき、大きな衝撃を受けました。
刺激と言いかえる事も出来ます。


「そうか、そういうことか」
著者の見解はさておき、私の中で閃くものがありました。

集めることと弘めること

独立を損なわずに統一を与えること

停滞に陥らない安定性

不安に導かれない可動性


二つの矛盾した力、それをそのまま認めつつ
しかも協調を見出すこと。ここに二〇世紀后半の課題を解く鍵がある。

1959年 吉阪隆正氏がとある建築コンペに提出した計画案の設計趣意書の一文。


建築家・吉阪氏は主に、社会、建築、生命、この世界、といったものに対する鍵とされていたようです。詳しく知りたい方は最後の方に引用を掲載させていただきましたので、そちらをご覧下さい。


今回は「不連続統一体と背骨」ということで書いてみようかと思います。
「強引に整体に持って行ってる」とご批判されそうですが…

 背骨は体の柱などと呼ばれ、何だか動かないもののようにイメージされている方も多いようですが、背骨の一つ一つは非常に複雑な構造であり、その動きの方向は非常に多彩です。10センチも20センチも一つだけが動くことは出来ませんが、動く方向に柔軟性があるので、伝播及び受容方向がそれだけ多彩になります。

 平たく言えば、背骨はいっこずつ柔軟に動けます。 

進化発生の中で最初から背骨が一個一個であった訳ではありません。初めは一本の連なりです。それが少しずつ分かれていったのです。

ここに進化の意味があります。一つ一つが独立した動きを持ち、尚且つ全体として統一された動きを作っているということです。

背骨の独立に積極的な意味を見出すなら、一つ一つの動きが良くなることが、体の各所の働きを引き出すことになります。また全体として統一された動きとなるのなら、体全体の働きが統一されているということです。


操法(施術)の中ではこうした背骨の動きを読んでいきます。一つ一つの背骨に象徴される意味があります。動きは働きであり、言い換えれば能力といえます。


ある背骨の動きが悪くなります。硬直を起こしてきます。すると隣の骨にくっつきます。企業になぞらえて合併みたいなもの、とよく言われます。

何とかかんとか動くには、隣と一緒になってでも動かなくてはなりません。

ひどくなると本当にくっついたようになって、骨と骨の間が無いように見えます。こうなると後戻りはかなり困難になります。

先程ひどくなると、と申しましたが、元気に生きてらっしゃる方の中にも、こういう方は珍しくありません。人間って強いものだと思います。逆に健康体、強くなる可能性も、どこまでもあるものだと感じます。


「子供は柔らかい」
よく耳にします。どこが柔らかいのでしょうか?まずは背骨と言えます。しかし硬い子供が増えているのも事実です。豊かな国を作るなら、子供の体のことは大切な問題です。


話が飛びそうなので、今回はこのあたりにしておきます。
「不連続統一体と背骨」ということでお送りしました。


以下は「不連続統一体を 吉阪隆正 著 勁草書房」からの引用です。


この考えは、作品の創作態度の上に一つの基準というか拠り所を与えてくれると共に、多人数を動員して創作する時に、その人々を動かす手段としても利用できる。もしも社会がこの考えを採用してくれるならば、案外に住みよい世界もつくり得るのではないか、とほのかな光明を覚えるのである。

1958年

吉阪氏の人間性を感じる一文です。

「前々からそう思っていたんだ。今日は大分それがはっきりしてきたような気がする」



理論として抽象的であることを承知しつつ、大ボラをぶっぱなした(本人の言葉)そうです。



「星座」という言葉を利用してもよいのだが、それでは動きがなさずぎる。「空間」に対して「充感」というのがまだあたっているかもしれない。
≪中略≫ 
人類何十万年の歴史が経ったけれども、裸ではたいした変わり方をしていない。進歩しているのかもしれない。進歩どころか退歩しているのかもしれない。しかし人間の生み出した多くのもの、テクノロジーとやらのお蔭で、裸の人間に神に近い力を与えることができる世の中になりつつある。この二つの矛盾の中に生活する場をつくる任務が、私達の課題だと考えてみた。 
≪中略≫ 
黒いと思っていた髪を赤くしたり、低い鼻を高くしたり、あるいはまた男が女に、女が男になったりする世の中なのである。何が起こるかわからない。いわば、われわれ人類は、自然の力に対して「主体性をとりつつある」ともいえるのだ。
≪中略≫
規格品が大量に生産されれば、個人的な好みは無視されて押し流された、これを歴史的必然として、操り人形的存在と解するのには反発を感じているのである。私は生きているのだ。「私」を認めてくれと叫びたくなる。これは現代の人々の痛烈な叫びである。


≪大略≫


かつての建築家は、床も、内と外の壁も、天井も、屋根も、一つの統一体として考えて構想を練っていた。石や、木などを使い、閉鎖された固定した社会ではそれも一つの統合体として必要であった。
≪中略≫
今更「建築家の主体性」などと叫んでみたってナンセンスである。それより人類の各個人の主体性の確保のほうが、もっと、もっと求められているものなのだ。


言葉がつくり出された時、皆は理論が体系立てられたように感じた。だがもともとまだ主観的にそれらしいという直観が働いただけであったから、各人各様の解釈が行われていたに違いない。それでも、その言葉の生まれた当初は、皆意見が一致したような感覚に包まれていた。

≪中略:不連続統一体というテーマが、大学の建築展のテーマに採用されます≫

くすぐったいような気持ちで、しかしまだ理論立っていないことの不安と、だが方向には誤りなさそうだという自信とをこもごも味わっているのだった。そして、社会のあらゆる現象といっても、本人の思いついたものを拾っては、この言葉の内容を試して見ているのだった。うまく説明がつくと、ひとりニコニコして、「おれは誤っていないらしい」とその度に自信をつけている。だが逆にいえば、おそらくその度に硬化現象を起こしているに違いない。

 脳みその皺はその度にふえたかも知れないが、血管の方はコレステインがたまったことだろう。意識はこれを防ごうと努力しているが、生理的なものへの働きかけには、精神方面でも同じように微力であったらしい。

師匠であるル・コルビュジェは扉の向こうの素晴らしい輝きを発見した、と言っているが吉阪氏自身は扉を発見した程度と思いつつも、扉の向こうに

個はそれぞれその独自性を発揮しながら、集団とうまく調和を保っているような、そんな世界が予想されるのだ。

としている。
 スピードの増大と、エネルギーの強大化とによって、かつてとは比較にならぬ広い世界に連帯関係を保ちながら生きてゆかねばならない現代、雄大な物量、能率的な機械が生産されているのに、これがうまく分配されていない現状、それでいて、この技術文明の思想から離れた時は、とたんに大昔と同じ小さな世界に戻り、終には自己だけを頼りにしなければならない現実。こうした世界には、昔ながらの理論で秩序立てることは無理だ。新しい、時代に即応した理論が必要である。

 その理論を「不連続統一体」という名称で呼んでみたまでである。動こうと思えば、誠にダイナミックに飛び廻ることができて、広い世界を我がものとできるのに、やはり自分の殻の中を大切に人に侵されまいとする矛盾した欲望と可能性の中に、調和をもたらすための筋を、こんな言葉で表してみたのである。

 そしてそのことは、人間関係についてもいえるように、物の関係についても造形についても、芸術一般についてもいえそうに思えるし、その筋を通して完成され、洗練された時には、現代の人々の感銘を呼び起こせるのではないかと予想するのである。そうした感激を知ることこそ人生の幸福だといったらいけないだろうか。

≪中略≫

 建築を通じてこの感激を生み出すことが、今の私に課せられた任務であろう。だとすると、この「不連続統一体」の理論は、建築のプランニングにも、造形の上にも利用できるものであらねばならない。例を外にとるならば、自然にある森や樹木を見るがよい。木々は夫々の姿を夫々の法則に従ってとっているのに、全体としての森も又一つの性格を形づくって統一されている。木の葉や花も夫々独立しても美しいが、一本の木となって別な美しさを出現している。建築もまたそうありたいものだと考える。

 鉱物や貝殻を見るがよい。一つ一つの結晶や細胞、それの集まった塊、別々でありながら一つであり、一つでありながら又個々に存在している。この方向に、個性はありながら全体に融合する建築をつくりたい。
長い引用におつき合い頂きありがとうございます。
整体を彷彿する部分も多く、非常に興味深いです。

いや、整体を離れた私個人の興味の方が強いでしょう。それでも整体の仕事や社会的な課題を示唆されている気がしてきます。



0 件のコメント:

コメントを投稿

お問い合わせ

名前

メール *

メッセージ *

最新の投稿

四指と母指と整体と木村政彦

太平書林にて いつものように柏の古本屋「太平書林へ」。。。 通いつめると蔵書が大変なことになるので、週一日だけと我慢して通ってます。 ほとんどワゴン品しか買わないのですが、我慢しきれず店内の棚もなんとなく物色していると、木村政彦『わが柔道』がありました。 この本は高校時代に...

人気のある投稿