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“気”というと、何かことを不可侵な領域に持って行ってしまうのですが、そういうことは望んでおりません。
常日頃、井本先生から教わっていることですが、何とも説明の難しいところです。 また門下生として(内弟子のこと)先生を間近で拝見していただけに、私が論ずるのもはばかられる様な思いがあります。 よくある興味本位なことは見ませんでしたし、そういう事をやって人を惑わせてはいけない、と習って来ました。 ただ、いつもある、しかし目には見えない、 敢えて教わる事も少なく、しかし感じていないと、上手くいかないことばかり。 なにぶん、私が鈍いせいで怒られること度々、 起こってさえ、もらえないこと重々。 そういう毎日を過ごしながら、どこかしらから学ぶ他ないことでした。
『やってみたい!』
先生が家に入られた後に、早速練習しました。 しかし犬は無常にも ただうれしそうに、同じほうの手を移動させるのみでした。
翌日からまた、誰もいない時に練習しておりました。
「すっ」とやって 「すー」といって 「すっ」となる。 とりあえず感じだけ真似をしてみる。 ダメである。 何が違う? 何度やってもダメ、しかし犬はうれしそう。 段々腹が立ってきて、手を大幅移動してしまう。 犬もうれしそうに同じ手を大幅移動してくる。 益々腹が立ってきて、更に大幅移動してみる。 あきらめて反対の手を上げた。 成功! いや、本質が変わっている。 これが“雑”ということかな…
「何でお前はそんなに雑なんだ」
集中、分散、集中−ということ?
いつも教わっていることではありますが、 こういうことなのかな、と思ったのでした。 (もちろん、それだけではないのでしょうが…) その後数ヶ月練習してましたが、結局満足のいく成功は2回だけでした。 それでも何か先生のされていることを掴まえたような気がしました。 今もって、このことを反芻しない日はないのです。
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